Yutaka's profile★フランス ・ リヨン留学日記★PhotosBlogLists Tools Help

Blog


    2/21/2007

    【2007年2月14日(水)】 ■Tadaima !!■

     

    本日1350分。

     

    Yutakaは無事に関西国際空港へ到着しました。

     

      

    到着ゲートから税関の方へ行くために空港内を移動するモノレールに乗ったとき、とある一人のおじさんに声をかけられた。

     

    パンクな格好したオレが「ギターとくまのぬいぐるみ」という組み合わせの荷物を持ってるのを不思議に思ったんかな?(笑)

     

     

     

    おじ「どこに行って来られたんですか?」

     

    おれ「えぇ、ちょっとフランスまで

     

     

    うわぁー何か気持ち悪いねんけど(爆)

     

    フランスでは絶対に、こんな風に自然と話しかけられることないもんな。

    大抵の場合「あのー日本人の方ですか?」から始まるのが普通やもんな。

     

     

    そして、留学で一年半ほど行ってたことを告げると、近くにいた若いお兄さん&お姉さんカップル(エジプト旅行帰り)にも話しかけられた。

     

     

    お姉「フランス~いいですねぇ、私も行ってみたいです

     

    お兄「もう日本はそばでもうどんでも、何でもありますよ

     

     

    ホンマですねぇ、そーゆーものは久しく口にしていませんしねぇ(笑)

     

     

     

    そのまま税関を通り(滞在許可証持ってなかったけど、普通に通れた)、荷物の検査を受け(うっかり“Bonjour”ってゆーてもうた)、出口のあるゲートへ。

     

    荷物も無事に確保し、これでオレの身は晴れて日本への再入国を認められたわけや

     

     

     

    そして、カートに乗せた荷物を持って出口のゲートを通過した瞬間……

     

    こっちに向かって全速力でダッシュしてくる一人の女の人が。

     

     

     

    ちえ「ゆたかー!!!!おかえりおかえりぃぃー!!!!」

     

     

     

    おぉーチエコさんやん!!前髪切ってるやん!!

     

    わはは、てかホンマに空港まで迎えに来てくれたんやなぁ

    絶対泣くと思ってたのに、意外と泣かへんかったのには驚きやわ(それでも、やや涙目)

     

     

     

    続いて、遠くの方からこちらに向かって手を振りながら歩いてくる一人の男の人。

     

     

    おぉーおとんやん!!

     

    あれ、そのケータイ、機種変したん?してへんやんな?

    何かちょっとみーひんかったら、いろんなものが変わったかのように見えるよな(笑)

     

     

     

    「ただいま」といって握手して、ちえこさんを紹介、そのまま一緒に見送りに来てくれているというばーちゃんのところへ。

     

    ばーちゃんも自分のことのように、オレの帰国を喜んでくれた

     

     

    「何か飲んでく?腹へってないか?」というおとんの申し出をありがたく断り、すぐに家に帰ることを申し出た。

     

    今はとにかく自分の家に帰りたいからね

    今から帰っても、京都の実家に着くのは17時くらいやしね

     

     

     

    「あのー本当にお邪魔してよろしいんですか?」という遠慮気味なチエコさん。

     

    それに対して、うちのおとんは「どうぞどうぞ、何もお構いできませんけど」と、好意的に受け入れてくれた(よし、ナイス、おとん!!)

     

     

     

    そこからは空港内の駐車場に停めてある我が家の車へ。

     

    オレとちえこさんの荷物も何とかトランクに入り、そこから我が家に向かって車は出発した。

     

     

    あいにく、今日は嵐のような大雨。

    空港へ渡る橋も通行規制がかかっているらしい。

     

    おとんに頼んでfm-Osakaをかけてもらい、それを聞きながらのんびりとしばらくのドライブ。

     

     

    そういや今日はバレンタインの日。

    ラジオではバレンタイン・ネタばかりが出てきている。

     

    そして、流れてくる音楽は、どれもオレの知らないものばかりやった。

     

     

     

    自分の母国に帰ってきたはずやのに、何か別の外国に来たような気分や。

     

     

    今のオレは時代の流れについていけてない。

    「地デジ」ってゆー単語の意味がわからんかった。

     

     

     

    それでもなお、堺、高井戸、藤井寺、生駒、富雄などと、自分の馴染みある地名が標識に出てくると、次第に日本に帰ってきた実感が湧いて来る。

     

     

    車中では、前もって持ってきてくれと頼んでおいた「みたらし団子」と「コンビニのおにぎり」を食べた。

     

    そう、もうずーっと長い間これを食べたかってん!!

    もうあまりの美味さ、懐かしさにマジで感動を覚えるわ(泣)

     

     

     

     

    そして、17時ちょい過ぎ。

     

    一行は京都にある我が家に到着した。

     

     

    あぁーここや、ここがオレの家や!!

     

    玄関を一歩入った瞬間、何ともいえない気分になった。

    自分の家のはずやのに、何だかそんな感じがしない、微妙な感じや。

     

     

     

    早速チエコさんを、お客さん用の部屋へ案内する。

     

     

    そして、そこでオレが見た衝撃的なものとはアイツ、アイツやねん!!

     

    オレの相棒のベース『IbanezSR755TKF』やねん!!

     

     

     

    とりあえず家の中に荷物を全部運び込むやいなや、チューナーとシールド・ケーブルだけ持って、とりあえずアンプの前へ。

     

    チューニングして、その懐かしい感触を確かめ、再会の感動を音にして奏でる。

     

     

    あぁーもう最高の瞬間やし!!

    ヤバい、この瞬間、クセになりそうなヤバさやな!!

     

     

     

    それから続々と帰ってくる我が家のメンバーたち。

     

    でも、みんなオレよりもチエコさんの方に注目していた。

     

     

    母親「あぁーちえこさん、いらっしゃい

     

    おと「あぁ、どうも

     

    いも「おぉ!!いや~こんにちは~

     

     

    三者三色、バラバラの形で挨拶する我が家の人々。

    どうやらチエコさんは我が家に受け入れられてるようですよ

     

    まぁその辺は全く心配してなかったけどね(笑)

     

     

     

     

    てか、オレはホンマにホンマに日本に帰ってきたんやなぁ

     

     

     

    フランス生活はぼちぼち長かったですが、ホンマにフランスへ行ってよかったと思いますし、あそこで過ごした期間はすごく実りのある時間だったように感じます。

     

     

    何もないゼロの状態から築き上げたフランスでの人間関係。

    これらの人々に支えられて、今回の僕の留学は成り立ってたと思います。

     

    一人一人の名前を挙げることはできませんが、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

     

     

     

    そして、得られた情報や、手に入れた貴重な資料の数々は、今後の日本での学生生活の中で、少しずつ読み解いていくつもりです。

     

     

     

    今回、僕の帰国と同時に、この「フランス・リヨン留学日記」も最終回を迎えます。

     

     

    2005年の829日から、yutakaの日常が約一年半分詰まったこのブログ。

     

    何度もやめようと思いましたが、一日も欠かすことなく今日まで続けてこれたのは、ひとえに読者のみなさんの応援があったからこそです。

     

     

     

    Yutakaの帰国と同時に留学は終わるわけですが……実は、まだ終わりではありません。

     

    むしろここからがスタートと言っていいでしょう。

    フランス語が身について、ようやくスタートラインに立てたのです。

     

     

     

    そう、これからが『yutakaのヴァルド派研究の始まり』なのです。

     

     

     

    数多くの研究者のようにとはいきませんが、僕も留学を通していろんなものを見て、経験し、会得してきました。

     

    なので、ヴァルド派を研究する学生として、これからも勉強は続けていきたいと思います。

     

     

     

    読者のみなさん、本当に今までありがとうございました。

     

    またいつか、どこかで会う機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いしますね

     

     

     

    Merci beaucoup pour tout et au revoir la tous !!

     

    2007214

    有田豊

     

     

     

     

    フランス・リヨン留学日記 完>

     

     

     

    【2007年2月13日(火)】 ■Au voir France !!■

     

    今日はいよいよ日本に帰国する日。

     

    現在、この日記はドーハの空港で書いています(飛行機の乗り継ぎで、4時間待ち中やのん)

     

     

    いやー日本に帰るとか、かれこれ一年半ぶりですよ!!

    全然帰る実感がわかなくて、CDG空港に行くまではかなりいつもと同じ調子やったし(笑)

     

     

     

     

    昨日の夜はフランス最後の晩餐ということで、ロシェックスさんがわざわざ「何が食べたい?」って聞いてきてくれた

     

     

    オレがリクエストしたのは「キッシュ・ロレーヌ」

    ロシェックスさんが作ってくれる料理の中で、これが一番好きやのん。

     

    「そんなカンタンなのでいいんですか?」って言われたけど、オレはそのカンタンな料理が食べたいんですよ

     

     

     

    しかも、久しぶりに帰ってきたパパが、オレの出発記念(?)に「ミルフォイユ」を買ってきてくれはってんやん!!

     

    しかも、お子さんら3人組が、それぞれオレ宛てに「メッセージ入りの絵」を描いてくれよってん!!

     

     

    ポールは「オレの似顔絵」

    アンテルムは「くさり」

    ガブリエルは「虐殺される人々(血だらけ)」

     

     

    いやーみんなそれぞれにやたらハイセンスですな(笑)

     

    おおきに、ありがとう!!

    この絵は大事に大事に日本に持って帰るよ!!

     

     

     

     

    今朝は8時に家を出て、一人でCDG空港に向かった。

     

    スーツケース(大)、スーツケース(小)、エレキギター、リュックと、今回も4品の荷物を一人で抱えてます(汗)

     

     

     

    そして今回、オレは帰国に際して大きな問題を抱えている。

     

     

    それは「ギターを持って帰れるのか?」ということ。

     

     

     

    こないだ旅行会社に聞いたときは「ダメです」とのことやった。

     

    どうしても持ち帰りたいなら『預け荷物』として20kgに収まるようにし、別にハードケースを用意しないといけないらしい。

     

     

    そして、自分で航空会社に直接聞いたときは「場合によります」とのこと。

     

    飛行機に乗る人数や、預け荷物の多さ、窓口にいる人の機嫌など、さまざまな要因が組み合わさって持って帰れるかどうかわかるらしい。

     

     

     

    どうよ、この曖昧な返事!!

     

    統一されてへんからどっちの言うことを聞いたらいいのかわからんし、場合によるんなら空港に持っていって「NO」と言われる可能性もあるってことやろ?

     

     

    その場合は泣く泣くギターを捨てなあかんのか……いや、それだけは絶対に嫌だぜ!!

     

     

     

    ところが、これをロシェックスさんに相談したら「もしダメなら電話して。そしたら私が空港まで引き取りに行ってあげるよ」と、何ともありがたい申し出が!!

     

     

    うわー最後の最後まで何て良い人なんやろう!!

    さすがフランスにおけるオレのお母さんだけあるな!!(笑)

     

     

     

     

    そんなこんなで、受付カウンターへ。

     

    パスポートと搭乗券を渡し、チェックインする。

     

     

    スーツケース(大)は21kgで、ぎりぎりオッケー

    結構重かったから心配やってんけど、何とか大丈夫でよかった

     

     

     

    ただ、手荷物の方に大きな問題が。

     

    受付の人いわく「手荷物は最低でも、最高でも1個だけ(7kgまで)」らしいねん。

     

     

    オレはまだスーツケース(小)、ギター、リュックを持っている。

     

    こんなん確実に容量オーバーやん!!

    どう考えても7kg以上はあるしやな!!

     

     

    スーツケース(小)の重さを量ったら、何と13kg!!

     

    ギターの重さを量ったら、何と6kg!!

     

    リュックの重さを量ったら、何と1kg!!(ぬいぐるみしか入ってなかったから)

     

     

     

    係員「C’est trop lourd, monsieur」(これは重過ぎますね)

     

     

    えぇーじゃあどうしよう?

    捨てなあかんのかなーもしくは超過料金を払うとか?(ちなみに料金は350ユーロ)

     

     

    どうしたらいいかわからずにあわあわしてると、係員のお兄さんが一つの提案を。

     

     

     

    何と「スーツケース(小)の中身7kg分をリュックに移し、それを手荷物として持って入って、5kg分を預ける」というならOKやというのだ!!

     

     

     

    えっ、合計20キロ以上やのに、2個も荷物預けていいん!?

     

    て、てきとーやなぁまぁこっちは助かるけど(苦笑)

     

     

    てなわけで、早速移しかえましたよ

    本をドカドカとリュックに移し、小さい方のスーツケースを預けることに

     

     

     

    ところが、ここで新たな敵が出現!!

     

    他の係員のお姉さんが「重さはよくても、2品は持って入れません」というのだ!!

     

     

    えぇーでもギター持って入らなどないすんねんな!?

     

    さすがにこれは預けられないレベルです。

    楽器を預けるとか、マジでありえへんから。

     

     

    そんなこんなで交渉していると、責任者らしきオジさんがカウンターに参上。

     

    おばちゃんがオレの荷物に関して、その人に報告。

    続いてそのオジさんはオレの荷物を手で持ったりして検査を始めた。

     

     

     

    そして最終的に、オジさんは「持って入ってもいいよ」との許可をくれた!!

     

     

    うわーすごいな、合計40kgもある荷物を一人で持って帰れるで!!

     

    おじさん、ありがとう!!

    フランス留学最後の良い記念になったわ!!(笑)

     

     

     

     

    そんなこんなあって、何とか無事にチェックインを済ますことができた

     

    すぐにロシェックスさんに電話すると「やはり善人は報われますね、あはは帰りも気をつけてね」と、フランス最後の電話でもオレのことを気遣ってくれた。

     

     

    税関を通り、金属検査を受け、そして、いよいよ搭乗ゲートへ。

     

     

    あぁ、ついにオレは日本に帰るんやなぁオレの生まれた祖国へ帰るんや。

     

    いろいろあったけど、このフランスに来れて本当によかった。

    そして、いつかまた必ずこの国には戻って来たいと思ってる。

     

     

     

    飛行機の出発は11時。

     

    何の問題も遅れもなく、オレを乗せた飛行機は午前11時に無事CDG空港を飛び立った。

     

     

    窓から外の世界を見下ろすオレ。

    高度が上がるにつれて、少しずつ離れていくフランスの地。

     

     

    もうこの瞬間には戻りたくても戻れない。

     

    そんな気持ちとは裏腹に、飛行機はとどまることなく上昇していく。

     

     

     

    高く、どこまでも高く

     

     

     

    またいつか絶対に戻ってくるから!!

     

    フランス……ありがとう、そして、さようなら!!

     

    【2007年2月12日(月)】 ■Le dernier voyage de Yutaka…■

     

    明日は日本に帰るとゆーのに、まだ旅行に行くというこの余裕ぶり。

     

    まぁ、旅行ゆーても大した距離じゃないけどな。

    電車で1時間半ほど行ったところにある、小さな街に行くねん。

     

     

    そう、それは

     

     

    Chartres(シャルトル)!!

     

     

     

    多分フランスに来ている人なら、この街の名前くらいは耳にしたことあるやろう。

     

    ホンマに小さな街で、特に目立つものは何もない。

    そう、オレが目指しているあの建築物以外には。

     

     

    この街の名物といえば何やろう?

     

    最近、オレがまたよく話題に出してるものの一つやねんけど

     

     

     

    実はこの街には……Cathédrale Notre-Dame Chartres』(シャルトル大聖堂)という、ゴチック建築があるねん!!

     

     

     

    ここの大聖堂はちょっと変わっててなー、かなり大きな特徴を持ってるねん。

     

     

    では、その【シャルトル大聖堂】について。

     

     

    この大聖堂の正称はノートル・ダム。

     

    94年に猛火がシャルトルの町を襲ったとき、この大聖堂は民衆の情熱に支えられて再建され、わずか26年後の1220年にほとんどが完成してん。

     

     

    建築、彫刻、ステンド・グラスなどのほとんどが1213世紀の面影をそのまま伝える貴重なゴシック建築で、彫刻家ロダンは〈フランスのアクロポリス〉と絶賛したらしい。

     

    876年にカール禿頭王が、このシャルトル大聖堂に〈聖母マリアの御衣〉(聖母マリアが身に着けていたもの、つまり聖遺物)を寄進して以来、シャルトルは聖母マリア信仰の中心地となり、広く西欧全体に知られるようになって、多くの巡礼を集めてんて。

     

     

     

    そして、注目すべきは正面部にある2つの尖塔!!

     

     

    正面右の尖塔はロマネスク様式、正面左の尖塔はゴチック様式という、一つの建物に二つの建築様式が取り入れられてる、比較的珍しいパターンやねん。

     

    その非対称の双塔が見られる西正面は、1134年の火災ののちに再建された12世紀の部分を残してるねん。

     

     

     

    また、ここはステンドグラスの色がヤバいよ!?

     

     

    〈シャルトルの青〉との呼び名を生んだ西正面の三連窓のステンド・グラス!!

     

    それ以外にも、内陣や側壁なんかに設置されてるステンドグラスは、どれも青を基調としててマジでキレイやし!!

     

     

    これらのステンド・グラスは、12世紀のものを除き、三つのばら窓をはじめ大部分が121040年の短い期間に完成されたために、均一な質を見せている。

     

    うーん〈ブールジュの赤〉と並ぶ勢いですな、これは

     

     

     

    身廊はアーケード、トリフォリウム、高窓の3層構成で、天井はリブ・ボールトに統一されてて、堂内は盛期ゴシック建築の到来を告げている。

     

    その割にはめちゃくちゃ暗くて、アミアンやパリなんかとは比べ物にならへんくらい暗かった(汗)

     

     

    身廊の床には直径12mの迷宮(ラビュリントス)が彫られている。

     

    でも、これは一説には「聖地エルサレムに至る苦難の道を表す」ともいわれてるねんて。

    (そーいやこれ、きゃりえ教授の授業で習ったわ)

     

     

     

     

    はい、シャルトル大聖堂は、こんな感じの建築です

     

     

     

    まぁ内部の構成もいいんやけど、オレはやっぱり外部正面の非対称の尖塔が特徴的やと思う。

     

     

    街中を散歩してみて思ってんけど、この大聖堂は街のほぼどこからでも見えるようになってる。

     

    そして、その尖塔はめちゃくちゃ目立つんよな。

     

     

     

    尖塔って、フランスよりはドイツって感じがするんよな。

    ドイツの【ケルン大聖堂】に行ったことがあるという友達も、そんな風にゆーてたし。

     

    オレもゴチック建築を勉強したから、そのイメージはぼちぼち強い。

     

     

     

    このシャルトル大聖堂は、そんな意味でもドイツっぽい。

     

    特に右側、ロマネスク様式の尖塔は、ホンマにザ・尖塔って感じがする(笑)

     

     

    ただ、非対称ゆえ非常にバランスが悪く、見た目的には違和感を感じることうけあいやと思うねん(ちょっと気持ち悪い感がある)

     

     

     

    朝の10時前にシャルトルに着き、街中をぶらぶら散歩して、パリに戻る電車に乗ったのは15時過ぎ。

     

    パリにはもう17時には帰ってきてましたよ。

     

     

     

     

    そして、今日はフランス最後の夜となる記念すべき日。

     

     

    パリに着いてから、オレはもう一度あの場所へと向かった。

     

    昔パリに留学してた頃によく通い、今でもその頻度はさして変わらない、オレがパリで最も好きな場所……このブログの読者なら、もうわかってくれていることやろう。

     

     

     

    ではでは、みなさん今夜はこの辺で。

     

    フランス最後の夜、いつもよりゆっくりと更けていく感じがするのは何でやろうね。

     

    【2007年2月11日(日)】 ■Je suis fou de rage 2■

     

    過酷な試練も3日目に突入。

     

    まずは朝、ガブリエルに叩き起こされるところから始まる。

     

     

    がぶ「おにぃちゃん、おなかすいたー」

     

     

    てか、おまえ、まだ朝の7時やん!!

    オレは昨日の今日でまだ疲れてるねん、もうちょい寝かせて!!

     

    そういって無視すると、ガブリエルはどこかに行ってしまった。

     

     

     

    しばらくして、今度はポールに起こされる。

     

     

    ぼー「お兄さん、朝ごはん食べるー?」

     

    おれ「んー先に食べといてもうちょいしたら起きるから

     

    ぽー「じゃあ、僕はお兄さん待ちまーす」

     

     

     

    わ、わざわざ待つんかい!?

    そんなんされるならオレも起きなしゃーないなとほほ(泣)

     

     

    その時点で、朝の8時。

     

    兄貴のポールはガブリエルの朝食をキチンと準備してやったらしい。

    台所のテーブルの上には、食べかけのシリアルの入ったボウルが置かれていた。

     

     

    ポールとオレはコーヒーを飲みつつ、パンを食べ、朝ごはんを軽く済ませる。

     

     

     

    食後、オレは台所の掃除と食器洗い、片付けに。

    食後、お子さん2人はまたまたパソコンに。

     

    それらが全部済んで少し一息ついたのち、午前中に彼らの勉強を見ることにした。

     

     

     

    おれ「ポール、学校の宿題はもう全部終わったん?」

     

    ぽー「うん、金曜日にやったよー」

     

    おれ「ガブリエルは?」

     

    がぶ「おわったー」

     

     

    てなわけで、ポールとガブリエルのフランス語の宿題が終わってることは確認できた。

    これは金曜日に一斉にやらせたときに確認したから、おそらく間違いはないやろうな。

     

    てなわけで、コイツらの日本語の勉強を見ることに。

     

     

     

    まずポールに「漢字のプリント」を仕上げてもらう。

     

    それをやってもらってる間に、ガブリエルの「ひらがなの練習」を見る。

     

     

    ところが、ガブリエルはこちらが間違いを指摘しても、それを訂正しようとしない。

     

    むしろ「こう書くの!!」とムキになり、論理的な会話は功を奏さず、結局そのまま半泣きで部屋を出て行き、ボイコットされてしまった。

     

     

     

    仕方ないので、ポールの漢字、ごんぎつねの音読なんかを進めることに。

     

     

     

    同時並行で、お昼ごはんも作る。

    ポールがリクエストしたチョリソーパスタである。

     

     

    ところが、野菜が嫌いな二人のお子さんは、付けあわせで用意した野菜をほとんど残しやがった。

     

    てか、残すだけならまだしも、それに追い討ちをかけるかのように「お腹すいた」って言うのはやめろ!!

     

     

     

     

    食後は、近所のルーヴル美術館へ。

     

     

    ガブリエルを連れて行こうとしたら、こいつはポールと一緒にチュイルリーの噴水で船で遊ぶと言い出した。

     

    なので、オレ一人でルーヴルに入り、帰る際に2人を迎えに行くことにした。

     

     

     

    2人と別れ、一人でルーヴルの中に入ったオレは、8,50ユーロという高い値段に閉口しつつも、とりあえずドゥノン翼から回り始める。

     

     

    3年前に来たときとだいぶ様相が変わってて、少しビックリ。

     

     

    『ミロのヴィーナス』がだいぶ移動されとる。

    前は廊下に展示してあったのに、今は個室に移されとるし。

     

    日本人の団体客がいて、その中のおばさんの一人が「ミロのヴィーナスはな、前からやったら本とかでも普通に見れますやろ?だから、後ろから見るのがレアなんですわー」などと、変な注釈をたれていた。

     

     

    有名な『ジョコンド婦人』も、だいぶ様変わりしてる。

     

    もう完全にVIP扱いで、あの小さな絵一つに壮大な高さの天井がある部屋が用意され、その真ん中にどーんと防弾ガラス越しに展示されとる。

     

     

     

    んんーでもここは美術品の数多すぎるな。

     

    とても全部は見てられないので、走りぬける感じでさーっと見ていく。

     

     

     

    一時間ほど経って、上にいるお子さんらの様子を見に一度美術館を出た。

     

    チュイルリーの噴水のところで彼らは遊んでいた。

    ただ、ガブリエルの様子が何やらおかしいどうしたんや?

     

     

     

    ぽー「ガブはね、寒いから家に帰りたいんだよ」

     

     

    えっ、もう!?

    さっき来たばかりで、外で遊ぶゆーたんもお前やん!!

     

     

    それでもなお、泣きながら「かえりたいの!!」とごねる少年。

     

    オレは世界最大の美術館をまだ一時間しか見ていない。

    ポールはポールでもっと船で遊んでいたいようや。

     

     

     

    仕方がないので、オレが連れて帰ることにした。

     

    オレに船のおもちゃを持たせようとするが、そこは断固として拒否する。

     

     

     

    家に帰ってくるなり、ガブリエルは「コンピューターしていい?」と聞いてくる。

     

    あかん、もうコンピューターはするな!!

    昨日からお前はそればっかり、何かもっと生産的な遊びをしろ!!

     

     

    小さい子を一人家に残すわけにもいかず、ルーヴルに戻りたくても戻れなくなったオレは相当不機嫌で、結局そのままソファーで寝てしまった。

     

     

     

     

    起きたらもう19時。

     

    ロシェックスさん夫妻もすでに帰宅されていた。

     

     

    そして、起きるなりパパから一言注意を受ける。

     

    ぱぱ「おにいさん、Paul, il a oublié son devoir. Il faut bien vérifier

    (おにいさん、ポールは宿題を忘れてたみたいだ、よく確認しないといけない)

     

     

    はぁ!?ちょっと待てい、ポール!!

     

     

    おまえ、オレには宿題全部やったってゆーたやん!!

     

    せやのに忘れてたとは何や!!

    何でオレがこれで注意受けなあかんねん!!

     

     

     

    あぁ、もうやってられへん……誰もオレの味方をしてくれない。

     

     

    疲れた、もう満身創痍の勢いで疲れたこの押し寄せる苦しみから誰かオレを助けて(泣)

     

     

     

    <精神汚染二日目・終了>

     

    【2007年2月10日(土)】 ■Je suis fou de rage 1■

     

    今日からロシェックス夫妻は、遠くにお出かけ。

     

    ゆえに、発生する恐ろしい事態それは

     

     

     

    ザ・子守り!!

     

     

    こんなにも恐ろしく、安寧を侵食され、体力的にも精神的にも極限状態に追い込まれる活動を、オレは他に知らない。

     

    特に中途半端に小さい年齢だと、もう精神が崩壊しそうになるもんな。

     

     

     

    そして、オレはこのパリで9日、10日、11日と3日間、これをしなければいけない!!!!

     

     

     

    あかん、もう終わった(汗)

    明日の今頃は、もうすっかり滅入ってるやろう(汗)

     

    それでもなお、オレはこの試練に耐えなければならないロシェックスさんと約束したんや。

     

     

     

    今日はまず朝起きて、ちびっこ2人を小学校へ連れて行く。

     

    帰宅した後はそのまま二度寝。

    ポールが隣でパソコンで遊んでるものの、気にしない。

     

     

     

    お昼、小学校までお迎えに。

     

    アンテルムが今日から月曜日まで友達の家で寝泊りするらしい。

    (これで少しだけ負担が軽減されるけどコイツはまだキチンと言うこと聞くからなぁ)

     

     

    預かってくれる家庭のマダムに挨拶し、アンテルムに「いい子にしてろよ」と念を押し、ガブリエルのみを連れて帰る。

     

     

     

    昼食はピザやったけど、この2人の嫌いなタイプのピザだったらしく、結局オレ一人でほぼ2枚分のピザをたいらげるハメに。

     

     

     

    午後からは近所のリュクサンブール公園へ。

     

    ポールは船のおもちゃで遊ぶとかで噴水のところで、ガブリエルはアスレチックで遊ぶとかで遊具場のところで、それぞれ活動を開始。

     

     

    ただ、あっさり疲れたガブリエルが「帰りたい」とごねだし、天気がいいからもうちょいいたかったけど、しぶしぶ家まで連れて帰ってくる。

     

     

     

    帰宅した後は、そのまま三度寝。

    ガブリエルが隣でパソコンで遊んでるものの、気にしない。

     

     

     

    起きたら20時。

     

    腹が減ったというお子さんらのために、急いで夕食を作る。

     

     

    パスタ料理、サラダ、昨日のカレーの残り、と簡単なものを作った。

     

    しかし、やつらはサラダを「食べる」とぬかしておきながら、いざ実際に作ってからは急に「お腹いっぱい」とかいう始末!!

     

     

     

    そのまま風呂に入れようと努力するものの、兄弟ゲンカが勃発し、泣くガブリエルが手におえなくなる。

     

     

    「一人で風呂に入れる」というからしばらく放置してみるものの、結局だらだらして一行に入らず、最終的に「できない」と言うので、結局オレが入れるはめに。

     

     

     

    嫌がるガブリエルの歯を磨き、何とか床につかせる。

     

     

     

    その後、オレがパソコンでメールを書いてると「眠れない」とだだをこねるポールがやってきて、オレのメールにいちいちコメントや質問をつけ始める。

     

    あまりにもウザくなりすぎたため、メールを書くのは断念し、さっさと寝かせてオレも仕方なく寝ることに

     

     

     

    <精神汚染一日目・終了>

     

     

    【2007年2月9日(金)】 ■Je vois ODAYURI à Paris■

     

    今から考えれば、去年の9月の語学学校は出会いの連続やった気がする。

     

    ちえこさんもそうやけど、他にもいろんな人と出会ったで。

    (夏休み期間やったから、短期で語学研修に来てる人が多かってん)

     

     

     

    その中で出会った子のうちの一人【おだゆり】

     

     

    この子とは滞在期間中に、一度だけ一緒に昼ごはん食べに行ったことがある。

     

    ケンスケに誘われて「昼メシ食いに行こうぜ!!」ってなった時に、この子も一緒にいたって設定です(ちなみに、これが初顔合わせ)

     

     

     

    そんな、おだゆり。

     

     

    実は今日、このパリで再会してん!!

     

     

    ミクシィで「ヨーロッパ旅行のついでにパリに行く」ってゆーてて、オレが「オレ、今パリにおるで」ってゆーたら、何と「会おうぜ」的なメールが送られてきたんよな

     

     

     

    いやー何とも偶然なことがあるもんですねぇ半年前に一緒やった子と、このパリで再会できるなんてさ

     

     

    そして、これを昨夜の夕食の席で話したら、何とポールが「そのお兄さんの友達に会ってみたい!!」って言い始めてん(爆)

     

    しかも、ロシェックスさんも「いいじゃなーい、家に呼んであげたら?みんなで夕食とかね」ってゆーて、気を利かせてくれた(爆)

     

    最終的に、おだゆりに「オレのステイ先に来る?」って聞いてみると、ホンマに「行く!!」って言い出す始末やし(爆)

     

     

     

    まぁええわ、これも何かの縁やろう。

     

    てなわけで、朝1012分にサン=ミッシェルの噴水前で待ち合わせすることに。

     

     

     

    オレは10時とちょい早めに到着。

    そして、ピストルズを聞きながら待つこと12おだゆりは来なかった。

     

     

    あれ、サン=ミッシェルの噴水ってここやんな?

     

    おだゆりも知ってるってゆーから、ここを待ち合わせ場所にしたのに……もしかして事故でもあったんかな?

     

     

     

    そして、2分後におだゆり参上。

     

    おだ「ごめーん、ノートルダム前と勘違いして、あっちに行っちゃって

     

     

    の、のーとるだむって、あそこに噴水ないやん!!

    おだゆりが「時間と場所、指定して」ってゆーから、こっちで指定したのに!!

     

     

    でもまぁ、事故とかじゃなくてよかった

     

    よし、じゃあパリを散歩するとするか!!

     

     

     

    今日はおだゆりの観光日。

     

     

    てなわけで、行き先は自動的に「おだゆりの行きたいところ」となる。

    オレはそれに着いてまわり、ガイドできるところはガイドする、そんな感じや。

     

     

     

    そして、今日の目標は「plus classe な観光」である。

     

    住人ではなく観光客としてパリを楽しみ、なおかつフランスの精神を忘れないという、いわゆる「ハイレベルなおのぼりさん」になるとゆーわけ(笑)

     

     

    たとえば、エッフェル塔を見たら「きゃーきゃー」言いながら写真を取りまくり、なおかつ「この塔は26年間一人の死者も出さずに完成したもので~」とウンチクを語る。

     

    つまり、全身全霊でパリを満喫するとゆーわけやねん!!

     

     

     

    お互い語学学校でフランス語を勉強してた身。

     

    なので、フランス語会話もバッチリ(?)です!!

     

     

     

    オレらが最初に向かったのは、モンマルトルにある『サクレ=クール聖堂』

     

    ちなみにこれ『寺院』じゃないと思うよ、イスラムや仏教の建物じゃないから。

    それに『クール』って発音も微妙やで、クールって授業って意味やから。

     

     

    そこには、数多くの日本人観光客(3040人はいたかな)が巡礼に来ていた。

     

    そして、オレらも負けじとその中へ参戦してきたぞ(笑)

     

     

     

    その後はエッフェル塔を見物・撮影し、歩いてマドレーヌ寺院を見に行って、BOOK OFF オペラ座支店に寄って本を売り、メトロに乗って家へ帰ってきた。

     

     

     

    今夜から、パパ&ママが3日間ほど家を留守にする。

     

    なので、夕方にはオレがお子さんらを小学校まで迎えに行かなあかんねん。

     

     

    おだゆりも連れて小学校に行くと、そこには先に来ていたポールが。

    出てきたアンテルムとガブリエルも、相変わらずオレにくっついてくる。

     

    おだゆりがおることに少し緊張してた下の子2人やけど、何とか5人で家まで帰ってきた。

     

     

     

    今日の夕食のメニューはカレーパスタ。

     

    昨日の夕食に出たカレーをパスタにかけて食べるという、何とも外道な食し方をする(爆)

     

     

     

    ゲストであるおだゆりにも手伝ってもらい、カレーとパスタを用意してもらってる間、オレは子供たちの宿題を見ていた。

     

    もはやこーゆーのまでオレの仕事なんよな、父親になった気分やし(笑)

     

     

     

    んで、できあがったカレー(パスタ)をみんなでいただく。

     

    お子さんらはおだゆりと話さず、ずっとオレの方を伺ってる様子。

    確か前にアリサとサヤカが家に来たときもこうやったなぁ同じ光景かもしれへん。

     

     

    オレがお誕生日席で食べてたからか、おだゆりも「何かお父さんみたいだね」とかいいよる、冗談じゃない!!

     

     

     

    夕食を食べた後は早めに寝させることに。

     

    これまた着替えさせたり、歯を磨いてやったり、いろいろ大変なんよなぁガブリエルくんに関しては(爆)

     

     

    それでも今日は、3人とも比較的早く寝てくれたので助かったけど

     

     

     

    オレとおだゆりはコーヒーのみつつ、小1時間くらい台所で談笑していた。

     

    コイツと次に会えるのもいつになるかわからんしな。

    パリで会えたのも何かの縁やし、もしかしたらまた会えるかもやけどな

     

     

     

    その後、近くのメトロの駅まで歩いて送っていった。

     

    ホンマは泊まってる宿まで送っていくってゆーたんやけど「近くの駅まででいいから」って断られてもうたのでね(苦笑)

     

     

    おだ「今日はありがとう、バイバーイ

     

     

    ありがとうって、オレは何もしてへんのにな(笑)

     

    でも、こうしてフランスで友達と会えるって滅多にないことや。

    なんせオレの滞在期間中に日本から遊びに来てくれた友達は、この子が初めてやしね

     

     

     

    別にオレに会いに来てもらったわけじゃないけど、このヨーロッパ旅行期間中に「オレと会う時間」を設けてくれたのはとても嬉しい。

     

     

    そういう意味では、お礼をいうのはオレの方かもしれへんね。

     

    【2007年2月8日(木)】 ■La bibliothéque nationale française■

     

    yutakaくんは本が好きなお子さん。

     

    留学に際して持ってきた荷物も殆どが本。

    んで、こっちでもさらに買い続けて、恐ろしい量になってしまった。

     

     

    そんなyutakaくん。

     

    パリに来てから「よし、行ってみよう」と思った場所があります。

     

     

     

    La bibliotheque nationale française(フランス国立図書館)

     

     

     

    何かな、数日前にポールがここに行ってきたらしいねん。

    学校の社会見学みたいな感じやったらしいねんけど、もうすごかったらしいで!!

     

    えっと、すごく大きかったらしい!!

     

     

    そこで、オレも行こうと思い立ったわけなんですなー

     

     

     

    本日のポールは午前中に授業が終わるらしい。

     

    それゆえか「お兄さんと一緒に行きたい!!」と言い出した。

     

     

    おまえ、ホンマに来んのか?

     

    マンガなんて、多分置いてないと思うで?

     

    それにオレは、もちろんヴァルド派に関連する本を見に行くつもりや。

    歴史書のコーナーなんか、絶対にポールは興味ないと思うねんけどなー(汗)

     

     

     

    それでも「一緒に行っていい?いい?」と言うポール。

     

    なので、結局午後から一緒に行くことになったんよな。

     

     

     

    予定通りポールを11時まで待ち、一緒に昼ゴハンを食べ、終わると同時に外へ繰り出す。

     

     

    フランス国立図書館は、Gare de Lyonの近くにある。

    自宅近所からRERC線に乗れば、乗り換えなしで一本で行ける距離や。

     

     

     

    てなわけで早速やってきました!!

     

     

     

    フランス国立図書館!!

     

     

     

    すさまじく巨大なビル4棟から成るこの図書館。

    東、西、南、北で、それぞれ置かれている本が違うらしい。

     

     

    中央入口(?)のようなものがある東館から中に入る。

     

    オレはもちろんhistoireの本を見たい

    なので、歴史書がおいてある”J”というコーナーに向かった。

     

     

     

    長い長い廊下をひたすら歩き、ようやくたどり着いたはいいもののそこでは予期せぬことが待ち構えていた。

     

     

     

    何と、この図書館は入るのに入場券が必要らしい!!

     

    しかも、その購入窓口は、たった今あるいて来たばかりの東館にあるねんて!!

     

     

     

    Putain、そんなん知らんし!!

    一人当たり3ユーロもとられるから、2人分やと結構バカにならへんな。

     

     

    てなわけで、しぶしぶ東館へ戻る。

     

    ところが、そこでもまた問題が待ち構えていたのだった

     

     

     

    おれ「2 ticket s.v.p」(チケット2枚下さい)

     

    係員「Il a quel âge ?」(彼は何歳ですか?)

     

     

    どうやら、ポールの年齢を聞いているらしい。

    オレが答えるよりも早く、ポールが自分で11歳と答える。

     

     

     

    そしたら……何と、16歳以下は開架コーナーに入れないというでわないか!!

     

     

    えぇー何でなん何でなん!!

    せっかくここまで来たのに、そんなんアリか!?

     

     

     

    ぽー「お兄さんが本を見てる間、僕はあそこで待ってるよ」

     

    そういって彼は、図書館内になる本屋さんを指差す。

     

     

    いやーそれでも別にええねんけど、何か一人にさせとくのが不安なんよな。

    しかも、たぶんオレは結構長いこと本をみてるやろうから(閉館時間までとか)

     

     

     

    てなわけで、結局あきらめました(泣)

     

     

    一人で来てたらこんなことにはならんかったけど、まぁ仕方ない。

    フランス国立図書館は、次にフランスに来たときの楽しみに取っておこう。

     

     

     

    そこからはメトロに乗ってLes Hallesに行き、とりあえずマクドでアイスを食べた。

     

     

    てか、コイツなかなかちゃっかりしてて「アイス食べようよ」とは言い出したたものの、いざ勘定のときになったら「お兄さん、僕お金持ってないから」とか言いよるし!!

     

    それで結局、オレが払わされましたまぁいいけど(泣)

     

     

     

    そのあとはレ・アルのfnacに行って、少し買い物をした。

     

     

    日本に持って帰るための、フランス語の文法問題集が欲しかってん。

     

    せっかくフランスに来て身に付けたもんやし、帰国してから衰えたくないもんな。

    せやから、もうめちゃくちゃ難易度の高いレベルの文法問題集を買いましたよ

     

     

     

    図書館は残念やったけど、ポールと散歩するのは案外楽しかった。

     

     

    さすが中学生というだけあり、ガブリエルみたいに本能で行動しーひんしな(笑)

     

     

     

    論理的なこともわかるようになってきたし、オレもコイツも長男やから似たりよったりなところもある。

     

     

    それが、オレとコイツの仲良しの秘密なんかもな

     

    【2007年2月7日(水)】 ■La tour Eiffel■

     

    毎週水曜日は公立の小学校が一日休みになる。

     

    これはEcullyに住んでいたときもそうやった。

    なので、毎週水曜日はよく「遊んで」とせがまれたものや。

     

     

    今日は中学生のポールだけが学校に行く(それでも午前中だけやねんけどな)

     

    せやから、朝の散歩がてらポールの中学校を見に行ってみることにしてん

     

     

     

    朝は7時半に起床。

    身支度を整え、2人で家を出る。

     

    パリの朝は暗く、加えて雪がパラパラと降っているという難儀な天気や。

     

     

    その恐ろしく寒い中、サン・ジェルマン・デ・プレにあるポールの中学校まで見送り、ぐるりと近所を回って家に帰ってきた。

     

    まだ店とか殆ど開いてない状態やしね。

     

     

     

     

    朝は銀行に行ったり、ロシェックスさんのお使いに行ったりと、お昼になるまで結構のんびり過ごした。

     

     

    そして、今日の午後からは子供たちの『日本語学校』に行くことになってる。

     

    トロカデロにあるというこの学校。

    エッフェル塔からも近いし、結構いいとこに立ってるやん。

     

     

    お昼ゴハンを食べ終えた一行は、早速車に乗り込み、いざ学校めがけて出発!!

     

    セーヌ川沿いを西へ西へと突き進む。

    パリはセーヌにさえ出れば大体の地理がわかるから便利よな

     

     

    そうこうしてる内にエッフェル塔が見えてきた。

    そのまま足元まで来て、目の前にある橋を渡り、さらに西へ。

     

    うわ~エッフェル塔をこんなに間近で見るのは、去年の2月にワタル&ダイスケとシャイヨー宮で待ち合わせしたとき以来やな(笑)

     

     

     

    もうしばらく進んだところで車を停車。

     

    子供たちは日本語学校へ、オレとロシェックスさんはスーパーへ買い物へ。

     

     

     

    ちゃっちゃと買い物を済ませ、子供たちのいる日本語学校へ来ると、そこには多くのパリ在住・日本人マダムがたむろしていた

     

     

    このブログの読者なら、もう既におわかりであろう。

     

     

    オレはフランスに住む日本人マダムが基本的に苦手やねん(汗)

     

     

    前のリヨンでの一件以来「日本人マダムはどうもお高くとまってる感」が拭いきれなくなり、自分もそんなにフランス語上手くないくせに他人(オレ)のフランス語に難癖をつけたり、いろいろと知ったような口をきいたりする、あの態度が非常に気に入らない(笑)

     

     

    まぁ全員が全員そうとは限らないことは、自分の交友関係を通して十分理解している。

     

    なぜならオレは、フランスに来て以来ずっとお世話になってる一人の素敵な日本人マダムを知ってるから(笑)

     

     

    でもあいにくフランスに長く住めば住むほど、この傾向は強くなるんやろうな。

    かくいうオレにも、自分で気づいてないうちにそういう節は絶対に出てると思うし。

     

     

     

    マダムに警戒心を抱きつつ、オレはポール&ガブリエルの相手をする。

    アンテルムの授業が14時半に終わり、それと交代で彼ら2人の授業が始まるのだ。

     

     

    しばらくして出てきたアンテルムを確保すると、ここでロシェックスさんが「エッフェル塔まで散歩しようか?」と提案してくれた。

     

    どうやらオレが帰国間近やからということで、気を遣ってくれたみたいや。

    そうやなー帰国前にもう一度エッフェル塔をじっくり見てみてもいいかもしれへんな

     

     

     

    なので、マダム、アンテルム、オレの3人で、学校からエッフェル塔の見えるシャイヨー宮まで散歩することにした。

     

     

    ちょっと寒いけど、めちゃくちゃ寒いってわけでもない。

     

    ここからエッフェル塔までは歩いて5分くらいらしいし、大丈夫やろう。

     

     

    徐々にメトロ・トロカデロの駅が見えてきた。

    ここまで来れば、もうエッフェル塔は目の前やな

     

     

     

    そして、視界が開けたところで【La tour Eiffel】は姿を現した。

     

     

    ギュスターヴ・エッフェルさんのこの作品。

    近代的過ぎてオレはあまり好きじゃないけど、やっぱり今じゃパリの良いシンボルやな。

     

     

     

    ろし「はぁ~お兄さんもこれを見るの、もう最後ですねぇ」

     

     

    ホンマですねぇ、次はいつパリに来るかわかりませんからねぇ(笑)

    例えパリに来たとしても、これを見にトロカデロまで来るかどうか怪しいですしねぇ(笑)

     

     

     

    てなわけで、アンテルムと一緒に写真を撮ってもらった

     

    わはは、オレも立派なオノボリサンやなー

    あと半月もすれば、ここの広場は日本人観光客で溢れかえりますよー

     

     

     

    「寒い、おなか空いた」とごねるアンテルムの意向を汲み、それから3人で「PAUL」にお茶しに行った。

     

    PAULのパン・オ・ショコラは日本でも食べれるけど、それは果たしてフランスのそれと同じ味なんかなー?

     

     

     

    15時半にポールとガブリエルを迎えに行き、そこからはまた車に乗って家に帰ってきた。

     

    帰るときにみんなで「エッフェル塔、さよなら~」と車中から手を振りながら(てか、ロシェックスさん、カワイイじゃないですか

     

     

     

    あ、そーそー余談があるねん

     

     

    帰りしな、車に乗ってた時のことやねんけどさ。

     

    何か見覚えのある、懐かしい雰囲気に、ふと突然出会ったんよな。

     

    んんーここってどこや?

    何でこんな感覚になるんやろう?

     

     

    そんな考えを頭によぎらせつつ、車がある坂道にさしかかったとき

     

     

     

    おれ「あーーーーーー!!!!!!!!ここ、ここ!!!!!!!!!!!!!」

     

     

    思わず大声を出してしまいましたよ(笑)

    みんなは驚かなかったけど、それでも「なになに?」という様子。

     

     

     

    実はその坂道、オレが3年前(2002年・夏)にパリに短期留学したときに通ってた語学学校がある通りやったんよなー

     

     

    もちろん、その校舎もキチンと確認。

    うわーあれからもう3年も経ったんやなぁ

     

    今じゃ一番下から2番目のレベルにいたあの頃とは違い、リヨンのアリアンスで一番上から2番目のレベルにまで上がることができましたよ

     

     

    それでもまだまだオレのフランス語にはバラつきが多い。

     

    Hétérogènehomogèneにするために、帰国してからも頑張って勉強しよう

     

    【2007年2月6日(火)】 ■La musique punk■

     

    パンクって何やと思う?

     

    あ、ちなみに自転車とかのパンクじゃないで。

    あくまでパンク・ロック(ミュージック)のことです。

     

     

    音楽的特徴

    スリーコード中心のシンプルな曲調を基本とし、ミドルからやや速めのテンポの曲が多い。また、反システムや反暴力、差別の撤廃などを訴える政治的・社会的なメッセージを込めた歌詞、テクニックよりも勢いを重視した攻撃的な演奏も特徴として挙げられる。

    [編集] 思想的特徴

    パンク・ロックの定義に関して、重要視される傾向にあるのは音楽性以上にパンク・ロックが持つ精神性である。その精神の内容は反社会性と自主性である事が多く、アナキズムとの結びつきが強い。DIYDo It Yourself=自分達でやる)という言葉がしばしば標語として掲げられ、マネージメントに依存しないアーティストの自主性が重要視される傾向にある。代表例としてはセックス・ピストルズをマンチェスターに招聘し、自ら前座を務めたバズコックス、半自給自足の共同生活を行なっていたクラス、自らレーベル「ディスコード」を立ち上げて一切のマネージメントを自ら受け持ったイアン・マッケイフガジ、元マイナー・スレット)などが挙げられる。しかし、1980代以降、反社会性やDIY精神を主題としないパンク・ロックバンドも数多く登場し、パンク・ロックが持つ思想的特徴は多様化している。これはメロディック・ハードコア青春パンクが一部のオリジナルパンクのファンから批判される根拠のひとつとなっている。

     

     

     

    Wikipédiaさんによると、このように定義づけられてます。

     

    いわゆる反社会的な訴えを音楽にのせて行うという、一種の攻撃的なManifestationみたいなものですな。

     

     

     

    さて、Yutakaくんに一度でも会ったことのある人ならおわかりでしょう。

     

     

     

    私は、このパンク・ミュージックというものが大好きなのです

     

     

     

    オレの服のスタイルは、どちらかといえばこの部類。

    ヴィジュアル系と呼ばれるときもあるけど、オレはパンクなつもりやねん(泣)

     

     

    それでもなお、鋲のたくさんついた革ジャンやラーダース・ブーツ、チェーンなんかをじゃらじゃら身につけてるわけではない。

     

    あくまで、シンプルを基調とした、大人しいパンクを歩んでいます

     

     

    【たとえば好みのブランド】

    no future, SEX POT ReVeNGe, Secret Agents, in the attic, BERNINGS-SHO…

     

     

     

     

    聴く音楽の中には、もちろんパンクが含まれてますよ

     

    ありとあらゆる音楽を聴いてるけど、やっぱりパンクは外せませんな

    こと、パンクに関しては、ベースよりもギターの音の方が断然好きやしね

     

     

     

    ただ、パンクは演奏する際のテクニックとしては、非常に簡単でおもしろくない。

     

    一応ベースを演ってはいますが、あまりにも簡単なので「パンクな音楽をやってるのか?」と聞かれれば、全くそうではないんよね。

     

     

     

    でも、あの音楽の中に込められたメッセージには非常に惹かれます。

     

     

    音楽だけでなく、自分の生活や、意識なんかを完全にパンク・スタイルにし、自らの思いを歌詞に込めて表現した人たち。

     

    1970年代のロンドンを舞台に活動した Sex Pistols なんかが代表例やんね。

    彼らの音源は高校の時から聞いてるけど、全然古い感じがしないのは何でやろうね?

     

     

     

    リヨンを去る前、アサミから餞別として『Sid & Nancy』というDVDをもらった。

     

     

    これはピストルズのベーシストシドと、その彼女であったナンシーのお話。

     

    虚飾かもしれない、でも描かれているのは明らかにパンクの世界や。

    本人が出ているわけちゃうけど、彼らの生活ぶりを彷彿とさせる描写がよくなされていた。

     

     

     

    てなわけで、パリに来てからオレは2枚のCDを買った。

     

     

    Sex Pistols Never Mind the Bollocks Here's the Sex Pistols

    The Clash London Calling

     

    両方ともパンクの中では王道であるタイトルや。

     

     

    実はオレ、パンク好きとはいえ、それらの作品を持ってはいないというなんちゃってパンク・ファンなんよな(爆)

     

    高校の時に聞いてたとはいえ、それらは全てMDに落としたものやったし。

     

     

     

    せやから、今回こうしてCD原版を買ってみたとゆーわけやのん

     

     

    フランスにおけるCDの価格帯は日本に比べて相当安い。

    この2枚、新品で2,000円弱で買えたからなーシングルCDの値段やん(笑)

     

     

     

    久々に聞くピストルズとクラッシュ。

     

    懐かしい……彼らこそがパンクの音を出してる人たちなんやな

     

     

     

    あぁ、何かまたもう一度ロンドンに行きたくなってきたわ(笑)

     

     

     

    【2007年2月5日(月)】 ■Cathédrale Notre‐Dame de Paris■

     

    一昨日は、アミアン大聖堂。

     

    昨日は、サン=カンタン大聖堂(元)

     

     

    2日連続で大聖堂を見て回ってるオレ。

    なので、今日は復古的に、もう一つの大聖堂を見に行こうと思います。

     

     

     

    パリ大聖堂(Cathédrale NotreDame de Paris

     

     

     

    パリにある建築物の中でオレが最も好きなのが、コレ。

     

    去年の221日のショックから約1年。

    それでも、ここは最も好きな場所として揺るがない。

     

     

    去年は殆ど説明をしなかったけど、今回の訪問で気がついたこともあるので、今日はちょい語ってみようかと思います。

     

     

     

    ノートル・ダム・ド・パリは、パリのシテ島にある司教座教会(教会の中では最高クラス)

     

     

    フランス・ゴシック建築のなかでは西正面のfaçadeが最も調和を見せていて、初期ゴシック建築の作例を走ってる。

     

    つまり、この大聖堂はゴチック建築の基礎をよく踏まえているということやねん。

     

     

    正面上部に位置する矩形の対をなす鐘楼や、その双塔の線に沿って正面を3部分に分割する扶壁の垂直線、加えて〈王のギャラリー〉の水平線とが、ばら窓を中心にめちゃくちゃキレイな均衡を保っている。

     

     

    ここはホンマにいつ見ても「さすが!」と思ってしまうわ。

     

    ヴァンサン先生の初めての授業でも、このはかなり強調されてたしな(笑)

     

     

     

    現在の建物は、5世紀、6世紀(または7世紀初頭)の建造に続く第3番目のもの。

     

    12世紀中ごろに内陣から建造が始まり、1182年に完成。

    身廊部は11801200年に、西正面は1200年ごろから50年に完成された。

     

     

     

    内部は中央身廊を中心に5廊式で、アーケード、階上廊、高窓と3層構成をとる。

    (昔は4層構成やったらしいけど、その面影はない)

     

    ただ、側廊の上にある階上廊の存在が採光の妨げになり、内部はかなり暗いねん。

     

     

     

    高さ35mに達する天井は6分のリブ・ボールトによって支えられていて、初期ゴシック建築の特徴をとどめてる。

     

    直径12.9mのばら窓を持つ南北翼廊は、13世紀中ごろ建築家 Jean de Chelles Pierre de Montreau によって増築されたものや。

     

     

    フランス革命の時に外壁を飾っていた彫刻が結構破壊されたらしいねんけど、西正面の〈王のギャラリー〉の28体の彫像、三つの扉口側壁に立つ彫像なんかは、19世紀の修復によるものや。

     

     

    右側扉口タンパンの〈聖母子〉(116570ごろ)

    左側扉口タンパンの〈聖母戴冠〉(121020ごろ)

    中央扉口タンパンの〈最後の審判〉(122030ごろ)

     

    でもこれらは全てゴチック建築時代当時のまま残ってて、ここでアルカイックな初期ゴシック彫刻から典雅な盛期ゴシック彫刻へと向かう発展を見ることができるねん。

     

     

     

     

    あぁー語りに語りましたな(笑)

     

    細かい年代や数字は、大聖堂内で売られているちっこいパンフレットを参考にしたけど、各部の説明は大体これで十分やろう。

     

     

     

    そうやねん、まさにこの建築は初期ゴチックの基本中の基本、まさにお手本のような建築なのです

     

     

    正面、側面、上空、どこから見ても、めちゃくちゃバランスが取れてて、外観はホンマに傑作やと思う。

     

    せやから、ついついカメラのシャッターボタンを押してしまうんよな(笑)

     

     

     

    ただ、内部は前にもゆーたとおり、非常に観光地化されてもうてる(泣)

     

    明るいライト、多数の掲示板と説明書き、お土産自動販売機、でかい売店……「ホンマにここは教会か?」と疑わしくなるほど商業的や。

     

     

     

    まぁそんなんは置いといて、今日のオレの感想を述べます。

     

     

     

    まず、廊下の構成。

     

    外部から見ると明らかに3廊式やのに、内部は5廊式。

    実は、今日ここに来るまで、オレは普通に3廊式やと思っててんやん(爆)

     

     

    オレが今まで尋ねた大聖堂で最も好きな、ブールジュのサンテティエンヌ大聖堂も確か5廊式や。

     

    でも、フランスの大聖堂建築中最大の横幅(42m)を誇るこれとは違い、パリのそれはめちゃくちゃ短いねんけどな(苦笑)

     

     

     

    あと、身廊のアーケード、階上廊、高窓の3層構成について。

     

     

    ゴチック建築はロマネスク建築のあとに出てきた建築方法やけど、その特徴の一つに「採光レベルの増加」というものがある。

     

     

    天井全体の重みを両脇の壁で支えるロマネスク式とは違い、ゴチックはその重みを46本の柱で支えている。

     

    つまり、重みが複数に分割される分、壁に対する負担が大幅に軽減され、ゴチック建築ではロマネスク建築以上に採光用の窓を大きくとることができるようになったんよな。

     

     

     

    ただ、パリ大聖堂の内部は、ゴチック建築にも関わらず、相当暗い。

     

    さっきもゆーた、側廊の上にある階上廊(普通、大聖堂にこんなんあらへんで!?)が採光の邪魔をしてるってのもあるけど、ここまで暗いのはなぜか?

     

     

    そもそも窓が小さすぎるねん。

     

     

    オレがよく通ってたリヨンのサン=ジャン大聖堂では、一つのアーケードにつき3つの大きな高窓が採光用に設けられている。

     

    でもパリ大聖堂は、一つのアーケードにつき何と2つの窓しかなく、しかもその一つ一つすら相当小さいものや。

     

     

     

    そりゃあ、観光地化するには、これだけたくさんのライトを設けないといけないわけですよ。

     

     

    35mの天井やと、今まで多数の大聖堂を見てきたオレ(特に一昨日、フランス最大の高さを持つ大聖堂を見たから)にとっては、かなり小さく感じられる。

     

    クレマンが「パリ大聖堂は小さい」と言ってたのも、十分うなづける話や。

     

     

     

     

    パリ大聖堂を後にしたのは、夕方の17時くらい。

     

     

    少し離れてこの大聖堂を見てみる。

     

    夕日に照らされる中で自らもそのライトで輝き、それが紫色の夕空をバックにしている光景は、ホンマに惚れ惚れするくらいキレイなものやった。

     

     

    そして、思わずまたカメラのシャッターを切る。

     

    外観だけでゆーたら、おそらくこれがフランスで一番美しいやろうと思うから。

     

     

     

    【2007年2月4日(日)】 ■St-Quantin■

     

    今日はサンカンタンの観光に行く。

     

    ってゆーても、ほとんど何もない街らしいねんけどな(笑)

     

     

    それでもクレマンが高校時代を過ごした街やし、オレに見せたい聖堂があるとかで、行ってみる価値は十分にあるところや。

     

     

    なので、朝からクレマンの友人と共に3人で『サンカンタン観光』に繰り出した(笑)

     

     

     

    さてさてSt-Quantin、一体どんな街なんやろう?

     

    クレマンの家からは車で20分くらいらしいねんけど(オレが電車で着いたのもここの街の駅)

     

     

     

    サンカンタン市内にはあっさりと着いた。

    今日は日曜日やから、街全体もひっそりとしてる。

     

    路上の一角に車を停めて、2人のフランス人に案内してもらいながら、目的の聖堂へと趣いた。

     

     

     

    そして……連れてこられた場所は、どう考えても聖堂とは思えないくらいデカイ建物!!

     

     

    えっ、これって普通に大聖堂レベルですよ?

    聖堂のレベルを遥かに超えた大きさやと思いますよ?

     

     

     

    くれ「Mais, c’est une basilique, on dit comme ça

    (でも、これは聖堂なんだよ、みんなそう呼んでるし)

     

    えぇーホンマにこれ、大聖堂じゃないん?

     

     

    半信半疑のまま、中に入る。

     

    ミサの前に来たからか、中には誰もいなかった。

     

     

     

    するとどーよ、中もゴチック建築そのままの勢いで、高い天井に太い柱、交差アーチに地下礼拝堂と、大聖堂に見られる特徴が色濃く現れているでわないか!!

     

     

    「何でここが聖堂?」というオレの疑問を察したのか、連れの友達が説明してくれた。

     

     

     

     

    実はここ、かつては本物の大聖堂、つまり【Cathédrale St Quantin】やったらしいねん。

     

    ただ、戦争を機会に、ここに赴任していた司教が離れてしまったため、ランクが落ちて聖堂になったそうな。

     

     

    大聖堂とは、もともと聖堂の一種である。

    司教が赴任していることから「司教座教会」(カテドラル)とも呼ばれるねん。

     

    そこに赴任している聖職者の位によって、その名称が変わるのは聞いたことあるけどまさかここがそのパターンやったなんて。

     

     

     

    実際、入り口にはキチンと「Basilique St-Quantin」と記してあった。

     

    じゃあ、街の人にとってはここはホンマに聖堂レベルの建物なんやなぁ

     

     

    いやー興味深いものを見せていただきました

     

     

     

    でもあいにく、それ以上に名所となるようなものは、ここの街にはなかった(汗)

     

    しかも日曜日とゆーことで、お店も何も開いてないしね。

    人もあんまり歩いてないし、それに第一風が強くて、寒い(泣)

     

     

     

     

    てなわけで、3人は午前中のうちに帰ってきました。

     

     

    友達を自宅まで送っていって、それからクレマンの家に逆戻り。

     

     

     

    そして、戻ってきたその家には、何とクレマンのお兄さんが来ていた!!

    名前はアレクサンドルさん、しかも今日は息子のバティスト君をお連れになってる!!

     

     

    しかも、このバティスト君実はまだ7ヶ月なんよな(爆)

     

    もぉー可愛いったらありゃしない!!

    マジでマジで、何たる可愛さかといった感じや!!

     

     

    おじいちゃん・おばあちゃん(クレマンの両親)も嬉しそう

     

    もう構いまくり、写真撮りまくり、とにかくお孫さんが可愛いみたいですな(笑)

     

     

     

    それから、みんなで昼食のクスクスをいただき、午後からは家でのんびりと過ごした。

     

     

     

    オレがパリに帰るのは18時半。

    クレマンもオレと一緒の電車でリヨンに帰る予定や。

     

    なので18時くらいに家を出て、サンカンタンの駅までご両親の車で送ってもらった

     

     

    駅に着くと、みんなもどこかに行くのか、大勢の人でごったがえしていた。

     

    週末に田舎まで帰ってきてるんかもしれへんな。

    そして、明日からの仕事に備えて都心部へご苦労様です。

     

     

     

    両親「Yutaka, bon retour au Japon♪ Viens encore ici, n’importe quand♪

    (ゆたか、気をつけて日本に帰ってねまたいつでもココに来ていいからね

     

     

     

    物静かで、包容力のある、やたら体格のいいお父さん。

    対照的に超ハイテンションで、ちょっと厳しめのお母さん。

     

    なかなか釣り合いのとれたご夫婦やと思うのは、オレの気のせいかな?

     

     

    それでいて、ものすごく親切

     

    こんな外国人の、しかも突然押しかけたオレに対してホンマによくしてくれ、ピカルディー産のお土産も帰りにどっさりと持たせてくれはった。

     

     

    そして「またいつでも来てね」の一言

     

     

    これ以上にありがたいお土産はないと思うわ、ホンマに嬉しいもん

     

     

     

    クレマンと電車に乗り込み、いざパリへと向かう。

     

    徐々に電車が動き出す中、クレマンの両親はずっとこっちに向かって手を振っててくれた。

     

     

     

    あぁーピカルディー、ホンマに来てよかったわ

     

    クレマンのおかげで、また一つ大聖堂を見ることができた。

    加えて、また多くの人との関係を築き、その優しさに触れることができた。

     

     

     

    フランスかぁこんなにも入り込むことができたのは、フランス語のおかげやろうな。

     

     

     

    田舎に行けば行くほど、英語が通じる割合は低くなってくる。

     

     

    クレマンのご両親もその例外ではないけど、オレのたどたどしいフランス語でも何とか通じて、普通に会話に入って談笑することができた。

     

    クレマンの友達のパーティーでも一人浮くことなく、普通に輪の中に入り、その場にいた人たちと一緒になって時間を楽しむことができた。

     

     

    クレマンはこの辺のことを心配してたらしいねんけど、そんなのは杞憂に終わった。

     

    オレはこのピカルディーで素晴らしい時間を過ごすことができたんやからさ

     

     

     

    ありがとう、クレマン!!

    おまえにはホンマにお世話になったわ!!

     

     

    いつか日本に来たときは絶対うちに来いよな!!

     

    関西という、日本のもう一つの顔を見せたることができると思うから!!(笑)

     

    【2007年2月3日(土)】 ■Cathédrale Notre-Dame Amiens■

     

    実はオレ、昨日の夜からサン=カンタンにあるクレマンの実家に来ています!!

     

    かねてより何度も何度も「いつか行く」と言い続け、今回それがついに実現してん!!

     

     

     

    クレマンの実家はパリの北部ピカルディー地方にある。

    すごく田舎な土地らしくて、地平線が普通に見えるらしい。

     

     

    昨夜遅くにクレマンの家に着いてからは、そのまま2人でクレマンの地元の友達のパーティーに繰り出してきた。

     

    大勢のフランス人の中、オレ一人日本人ということで、相当目立っていた。

    しかも置いてあったギターで日本語の歌を弾いたもんやから、一気に仲良くなれたし(笑)

     

     

     

     

    それはそうと、オレがクレマンの実家に寄せていただいたのには大きな理由があるのです。

     

     

     

    Cathédrale Notre-Dame Amiens】(アミアン大聖堂)

     

     

     

    過去のオレのブログを読んでくれてる人ならわかるやろう。

     

    最近影を潜めてますが、実はYutakaくんは大聖堂マニアなのです(爆)

     

     

     

    このアミアン大聖堂は、昨年度前期のヴァンサン先生の授業で提出したレポートのテーマとして選んだもの。

     

    そしたら、たまたまクレマンがこの大聖堂の近くに住んでいたというわけなんですなー

     

     

    「見に行きたい!!」と言うと「じゃあ、いつか一緒に見に行こう」って言ってくれて、こうして今回ホンマに実家の方に招いてくれたのです。

     

     

     

    お昼近くまで寝て、午後から早速アミアンへと繰り出す。

     

    クレマンの家からは来るまで約1時間くらいの距離らしい。

    道はめちゃすいてて、案外あっさりとアミアン市内へと到着した。

     

     

    車を停めた駐車場からも、そのデカイ建築物はよく見える。

     

    クレマンに誘導されるように、徐々に大聖堂へと近づいていった。

     

     

     

    そして……ヤツはついにオレの目の前にその姿を現した!!

     

     

     

    じゃあ、いつものやっていいですかねー?(笑)

     

     

     

    【アミアン大聖堂】

     

     

    この大聖堂は盛期ゴシックの頂点に位置する建築で、その規模はフランスのゴシック大聖堂中最大(全長145m,身廊高42.3m)言われる。

     

     

     

    身廊、側廊とも3廊式構成で、大部分は122070年ころに建設されてん。

    (建造開始からたった60年という、異例の速さで完成した)

     

    左右非対称の西正面双塔は、14世紀末(南側)と15世紀(北側)に完成。

     

     

     

    中央扉口のタンパン彫刻《最後の審判》下の中央柱には〈美しき神〉と呼ばれるキリスト像が置かれてて、均整のとれたこの像はゴシック彫刻の傑作とされるらしい。

     

     

    ここでは、ロマネスク彫刻に見られるような超越的な神の姿は、人間的で慈愛にあふれる姿に変わっており、ゴチック盛期の自然主義的表現の台頭がみられる。

     

     

     

    向かって右扉口の中央柱には幼児キリストを抱いたマリア像が立ち、周囲の側壁、タンパンには受胎告知から戴冠にいたるマリアの生涯が表現されている。

     

    左扉口中央柱に彫られたFirmin(最初のアミアン司教あぁレポートにも書いたわ、コレ)の右手を挙げて民衆を祝福する像は、力と優しさに満ちたもの。

     

     

     

    袖廊南側扉口の〈黄金の聖母〉(当時は黄金色に彩色、今でもかろうじて見てとれる)は、首をかすかに傾けて幼児キリストに微笑を送り、腰をわずかにひねり、弾力的な動きを見せている。

     

    これは、13世紀中ごろのゴチック彫刻に現れるバロック的傾向を示すものや。

     

     

     

    内部は、アーケード、明り窓を開けたトリフォリウム triforium、高窓と3層構成をなし、高さ20mにも及ぶアーケードと天井の尖頭アーチとが上昇感をあおる。

     

     

    天井全体が四分リブ・ボールトで覆われてて、それを支える束ね柱とともに、堂内空間に統一感を与えている。

     

    そして、高さとともに採光用の窓が大きくとられ、堂内全体の明るさを保っている。

    これはリヨンのサン=ジャン大聖堂と比べても、ライトなしの状態で十分に明るい。

     

     

     

     

     

    いやーヤバいよ、コレは!!

     

    ヤバいヤバい、ヤバいデカさです!!

     

     

    パリのノートルダム大聖堂は35mしかないけど、ここはその1,2倍の高さを誇る42mというありえない大きさ。

     

    もうホンマに ぐーっと首を上に上げないと、上層部が見えへんくらいやから

     

     

     

    うむ、さすがフランス・ゴチック建築の頂点に位置するだけのことはある。

     

    あーオレ、この近所に住みたいねんけど

    日本では不可能やけど、できれば大聖堂のある街に住みたいな

     

     

     

     

    こんな素晴らしいものを見せに連れてきてくれて、どうもありがとうクレマン

     

    おまえがいつか京都に来た際には、趣のあるちっこい神社やお寺を案内させてもらうから(笑)

     

     

     

    今日は久々に大聖堂を見たから、マジで興奮気味!!

     

    これがあるから、大聖堂巡りはやめられへんのよなぁ

     

    【2007年2月2日(木)】 ■Musée d’Orsay■

     

    昨日は、ほぼ一日家でゆっくりしていた。

     

    起きたのはお昼前、朝の11時。

    「やっべー、寝坊した!!」と、学校ないのについ焦ってしまうオレ(苦笑)

     

     

    台所で新聞を読んでいたロシェックスさんに挨拶すると「たぶん疲れてたんでしょう」と労いの声をかけてくれた。

     

    「あなたはコーヒーよりも紅茶の方が好きだったよね?」ってオレの好みまでちゃんと覚えてくれてて、しかも煎れてくれたり!!

     

     

    あぁー日本におった頃は、実のおかんにもこんなんしてもらったことがあったなぁおおきに、おかん

     

     

     

    てなわけで、昨日はそのままマダムと一緒にお昼ゴハンを食べ、お昼からも自宅でのんびり過ごし、夜は早めに寝た。

     

     

     

    その反動で、今日はやたらと早く起きてしまった。

     

    朝の5外はまだ暗いですよ?

     

     

    でも、一度起きてしまってからは、目が冴えて眠れなくなってしまった。

    てなわけで、朝からのんびりとネット・サーフィンなんぞをしてました。

     

     

     

    そのうち、ポールが起きてきて、ロシェックスさんが起きてきて、ちびっこ2人が起きてきて、みんな台所に集合する。

     

    ポールは8時まで、ちびっ子たちは8時半までに学校に行かなあかんねん。

     

     

     

    ぽー「お兄さん、今日は何やるの?」

     

     

    お子さんらの質問は、いつもこれ。

    そんなにオレのすることに興味があるのか、オマエらは(爆)

     

     

     

    そんな今日、オレは自宅近所にある『Musée d’Orsay』に行ってきました

     

     

     

    こないだ、クリスマスにパリに来たときもオルセーには行ってきたんやけど、そのときはもう長蛇の列があったものでね。

     

    そのときはすぐに断念し、そのまま「音楽博物館」に行ったんよなー確か。

     

     

     

    今日こそは、そのリベンジを果たしたい!!

     

     

    せやから、朝早く起きたのを皮切りにささっと身支度を整え(それでもなお、マダムと話し込んでもうたけど)開館時間を少しすぎたあたりでオルセーに到着したのです。

     

    幸い今日の来客は少なめで、ほとんど待つことなくあっさりと入館できました

     

     

     

    個人的に、オレはルーヴルよりもオルセーの方が好き。

     

     

    ルーヴルは世界最大といわれるだけあってその規模は半端じゃなく、何を見るか決めて回らないと一日じゃとても時間が足りないし、おまけに疲れることうけあい。

     

    それとは対称的にオルセーはぼちぼち小さく、基本的に近代画が多いから、近代美術の好きなオレにとっては好ましい美術館なのです

     

     

     

    今日、ここに来た目的はただ一つ。

     

    実は先ほど「クリスマスのリベンジ」と書きましたが、本当は違います。

     

     

    3年前の屈辱のリベンジ」に来たのです!!!!!!!!!!

     

     

     

    20029月、オレは夏休み後半の一ヶ月間を、ここパリで過ごした。

     

    その時にもちろん、このオルセーにも来た。

    なぜならここにはオレが愛してやまない、とある印象派の画家の絵があるからや。

     

     

     

    Jean=François=Millet18141875

     

     

    そう、ミレー!!

     

    あのミレーの作品がここにあるねん!!

     

    農民が働く姿をモチーフにした作品を多数残している彼。

    中でも『落穂拾い』や『晩鐘』は非常に有名な作品ですな。

     

     

    オレは特にこの2点が大好きで、大学のレポートの題材に取り上げたこともあるくらい。

     

    そして、フランスに来るなら是非ともこの作品を生で見たいと思ってたわけやのん。

     

     

     

    ところが2002年の9月、オルセー美術館にこの2点は置いていなかった。

     

     

    「東京で開かれているミレー展に貸し出しされていた」から!!!!!!!!!

     

     

     

    あの時の衝撃といったらなかったマジでへこんだし(泣)

    そんなこんなでパリに来るのは4回目とはいえ、まだ一度も見ていない。

     

    せやから、今日こそはその実物をこの目で拝みたかったわけやねん。

     

     

     

     

    館内に入るなり、すぐミレーの作品がおかれている場所を目指す。

     

    彼の作品が展示されているスペースはばっちり記憶している。

    なので、もはや迷うことなく、まっすぐにその場所へと向かった。

     

     

    すると、そこには

     

     

    あった、あった、ありましたよーミレーの『落穂拾い』が!!!!!!!!!!!!

     

     

    その時の感動といったら…3年の年月を経てコイツにようやく出会えた分の感動です

     

     

    加えて『晩鐘』や『羊飼いの少女』、『春』、『籾をふるう人』などなど、ミレーの代表作品がたくさんおかれてあった

     

    感無量やこんなにたくさんのミレー作品に囲まれるなんて(爆)

     

     

     

    あぁ、もうこの感動は言葉にできません!!

     

    みんなも実際にオルセーに来て、彼の作品を生で見てみて!!

     

     

     

    ミレーに大変満足したyutakaくんは、5ユーロの入館料を払ったにも関わらず、他に展示されている作品はほとんど見ないで美術館を出ました。

     

    時間にして1時間弱ってなとこですな。

     

     

     

    そこから歩いて家に帰ってもまだお昼前。

     

    ロシェックスさんも「あれ、もう帰ってきたの!?」って、かなり驚いてはったし(笑)

     

     

    いいんです、僕はミレーだけ見れればよかったので

    それに、今夜から少し北フランスの方へ旅に出ますから

     

     

     

    あっそーそー、オレ、今夜からパリを離れて少し北仏ピカルディー地方に旅に出てきます。

     

     

    目的は友達の実家を訪ねるためとそして、あともう一つ

     

    【2007年2月1日(水)】 ■La vie de Paris■

     

    今日から帰国までの2週間、yutakaくんはパリ暮らしをします。

     

     

    パリに来るのは、もうこれで4回目。

     

    まぁ今日からリヨンに住む家がないから、パリに来てんけどな。

    なぜなら、パリには昔お世話になった素晴らしい日仏家族がいますので

     

     

     

    昨日の夕方、パリのGare de Lyonに着いてロシェックスさんに電話した時「もう子供たちが首をなが~くして待ってますよぉ~」って聞かされた(笑)

     

    駅からタクシーを使って、ロシェックス宅まで移動。

    そして、クリスマスに来た時と同じ建物、同じ部屋へ。

     

     

     

    ぴんぽーん

     

     

    呼び鈴を鳴らすやいなや、中から「来たぁーーー!!!!!!」とすさまじい叫び声があがった。

     

     

    ドアが静かにゆっくりと開けられる。

     

    そしてオレが家の中に一歩入るやいなや……ドアの後ろに隠れていたガブリエルが勢いよく飛び出してきて、いつもどおりオレにがばっとしがみついてきた(笑)

     

     

    おーよしよし、派手な出迎えありがとう

     

    でも、オレの荷物がまだ廊下にあるとゆーのに、ドアを閉めてしまうのはやめてね

     

     

     

    くっついたままのガブリエルを引きずるように廊下を進むと、台所やリビングからみんなが出てきて、オレを出迎えてくれる。

     

     

    ろし「いらっしゃーい荷物、重かったでしょう~?」

     

    ホンマやな、一人で5つも荷物持ってるんやもんな(爆)

    まぁそのうちの一つの紙袋は子供たちへのプレゼントなので、帰国の際には減りますよ

     

     

     

    とりあえず水を一杯もらって、子供たちにお土産を渡す。

     

     

    コイツらが大好きやった「ぽよぽよランプ」

     

    これはランプの上にゲル状のゼリーが入ったボトルを乗せるもんなんやけどさ。

    電源を入れると、その熱でゼリーのものが温まり、ふよふよ浮かび上がるとゆーもの。

     

     

     

    前から欲しいってゆーてたからあげたんやけど、案の定めちゃくちゃ喜んどる

     

    ぼわ~ん、ぼわ~ん、と浮かんでいくクラゲにも似たゼリーを、3人してずーっと眺めとる。

    さらにロシェックスさんまで「これ、面白いね」といって参加するくらいやった(笑)

     

     

     

    さて、このうちに来るのももう2回目。

     

    ロシェックス家にお世話になった期間は長いから、もはやあまり他人という感じがしない。

     

     

     

    今までと同じように、普通に夕食の用意を手伝ったり、お子さんを寝かしつけたり、やってることは前と全然変わらなくて、もはやお客さんとゆーわけでもない。

     

    まぁここでは、これがもう当たり前なんよな

     

     

     

    それでも、ここの家庭に感謝する心は常に忘れていない。

     

     

    この人たちがいてくれたおかげで、オレのフランス生活は成り立っていたんやから

     

     

     

    夕食後、またいつものようにワイン片手にロシェックスさんと長話。

     

    この時間がホンマに好きやねん

    ロシェックスさんと話すのって、マジで楽しいから!!

     

     

     

    さてさて、yutakaのフランス滞在も残り半月ほどになりました。

     

     

    明日からはこのパリで、最後の2週間を満喫します!!

     

    2/11/2007

    【2007年1月31日(水)】 ■Au revoir LYON !!■

     

    20058301145分。

     

    この日、オレは初めてフランスのリヨンという街に足を降ろした。

     

     

    TGVの車窓から見えた夏のリヨンの街並みはすごくキレイで、駅に着く前に「この街のこと、好きになれそうやな」と思ったことを今でも覚えている。

     

     

     

    以来、オレはこの街で、いろんな人と出会い、いろんな経験をした。

     

     

    翌日、オレはロシェックスという素晴らしい日仏家庭に出会った。

    フランスにおける本当の家族みたいで、今まで本当によくしてもらった。

     

     

     

    オレにとって上半期であったリヨン大学時代。

     

    ずっと前からの夢やったフランスでの学生生活が始まってからは、毎日が本当に楽しかった。

     

     

    授業についていけなかったり、フランス語が思うように伸びなかったりしてへコんだことやって、何度も何度もあった。

     

    でも、今までコツコツ努力してきた結果が、最終的に今の自分を形成しているのは間違いないやろうな。

     

     

     

    下半期であるアリアンス・フランセーズ時代。

     

    ずっと前から行きたい行きたいと思ってた語学学校に入れたときは、本当に嬉しかった。

     

     

     

    ここはフランス語を専門に教育してるだけあり、おかげでオレのフランス語も一気に伸びた感じがする。

     

    参考書とかに到底載ってないような、そういう感覚的なことを知る事ができたのは、フランスに来たからこその収穫やと思う。

     

     

    そして、この語学学校では素晴らしいパートナーに出会えた。

    自分では全く予期してなかったことやけど、今でもこの人とは仲良くやってます。

     

     

     

     

    たくさんの知識、素晴らしい人間関係、大切な人との出会い、この街で手に入れたものというのは、お金には代えられない本当に貴重なものや。

     

     

    もちろん、これらは全てリヨンやからこそ出来たことやと思うしね。

     

     

     

     

    そして、2007131日。

     

    この日、オレは今まで一年半という期間を過ごしたこのリヨンをついに離れる。

     

     

    朝から洗濯に行って、銀行に行って、郵便局に行って、部屋を掃除して、荷物をつめて、かなりてんやわんや状態やった(汗)

     

     

    正午には次にオレの部屋に入るシンジさんが来て、荷物の搬入をしてもらう。

    そして大家さんのところへ挨拶に行き、13時過ぎにベルクールの家を後にした。

     

     

     

    シンジさんが見送りがてら、パールデューの駅まで荷物を持ってくれた。

     

    スーツケース(大)、スーツケース(小)、リュック、エレキギター、手さげ袋と、オレ一人で5つもの荷物があったからなぁ(笑)

     

     

    駅には一足先にコーヘイが来てて、餞別にオレの好きなパン・オ・ショコラをくれた

     

    ホームにはアサコさんが来てくれてて、餞別にインスタントのカプチーノをくれた

     

     

     

    おぉー自分がリヨンを離れるなんて、なんか想像できひんわ(笑)

     

    見送りに来てくれた人たちも「明日になってもリヨンにいそうだよね」みたいなことゆーてるし。

     

     

     

    何だかんだで145分前。

     

    オレはパリ・ガール・ド・リヨン行きのTGVに乗り込んだ。

     

     

    この光景は、トモヨ、サヤカ、チエコちゃんを送り出したときのものと同じ。

     

    でも今回は少しだけ違う。

    なぜなら、今回はオレが見送られる側やから。

     

     

     

    そして、まもなく閉まるドア。

     

    もうオレの声は外にいる人に聞こえない。

     

     

    ゆっくりと走り出すTGV

    それに沿って歩き始めるみんな。

     

    徐々に加速していく中、オレも車内から手を振り続ける。

     

    走ってついてきてくれていたみんなの姿も、ついに見えなくなってしまった。

     

     

     

    あぁそっかオレはもうここには戻って来ないんや。

     

     

     

    パリに向かうTGVの中で、みんなからもらったアルバムや手紙なんかを読み返してみた。

     

    何度もいうようやけど、ホンマに友達はオレの宝物。

    日本に帰ったら、コイツらとはまた絶対に再会したい。

     

     

     

    リヨン、ヴァルド派研究を前進させてくれた街。

     

    リヨン、フランスという国をオレに教えてくれた街。

     

    リヨン、たくさんの素晴らしい人たちに出会えた街。

     

    リヨン、自分にとって第二の故郷である街。

     

    リヨン、もう思い出がたくさんありすぎて、これ以上書けない街(笑)

     

     

     

    一年半という期間を住まわせてもらったこの街には本当に感謝してるし、この街のことは本当に好きになれた気がする。

     

     

    リヨン、今まではずっとずっとただいまと言って帰ってきた街。

     

    でも今回は少しだけ違う。

    なぜなら、今回はオレが出て行く側やから。

     

     

     

    あんまり言いたくないけど、最後にはキチンと挨拶しとかなあかんよな。

     

     

    でも、いつか絶対に戻ってくるから。

     

    またみんなに会いに帰ってくるから、約束するから。

     

     

     

     

    今まで長い間お世話になりました、本当にありがとうございます。

     

     

    そして、

     

     

     

    リヨン、さようなら!!

     

     

    【2007年1月30日(火)】 ■Merci, Alliance Française Lyon !!■

     

    今日はオレにとって、アリアンス・フランセーズの卒業の日。

     

    73日から6ヶ月間お世話になり、この学校のおかげでオレのフランス語は入学前のそれと比べてかなり堅固なものへと変化を遂げたと思う。

     

     

     

    今月は帰国準備で殆ど勉強らしい勉強はできひんかったけど、昨日いつも通り月末テストを受けてきました。

     

     

    今回は文法の問題がない。

    もはや授業中に文法を勉強してないからかな?

     

    なので、読解、聞き取り、筆記の3タイプのみです。

     

     

     

     

    【読解】は今回はめちゃくちゃ難しかったなーホンマにわけわからんかったし(汗)

     

     

    何人かの画家の絵を取り上げて、それについてコメントしてる人の記事を読んだんやけど、意図が全然汲み取れない。

     

     

    そのテーマは『女性の乳房の聖性について』

     

     

    何やら絵画美術に描かれる女性の裸体像というものは、その乳房の大きさによって意味が変わるらしい。

     

    乳房には「généralité」の意味があるんやってさ。

    そんなん今まで生きてきて一言も聞いたことないですよ(当たり前か)

     

     

    てなわけで、ほぼ撃沈です(爆)

     

    あーあかんなぁ、文章読解はやっぱりまだまだ苦手な分野やなとほほ。

     

     

     

     

    それに反して【聞き取り】は、面白いくらいよく聞き取れた

     

     

     

    これも絵画に関すること。

    モネ、マネ、クールベなんかを取り上げたもの。

     

    絵画にそんなに詳しくないオレには、これもあまりピンとこないテーマや。

     

     

    それでもなお、ゆーてることがすごくよくわかって、頭にスイスイ入ってくるねん

     

    何かもう「聞き取れへんものなんてないですよ」くらいの勢いで、ラジカセから流れてくる音声が次々と頭の中で処理されていくねん

     

     

     

    前回の聞き取りは満点やったし、今回もいけるかもしれへんで!?

     

     

     

     

    最後の【筆記】は言うまでもなくバッチリです

     

     

    devoir des mémoire」ってゆーテーマで、戦争に関することを取り上げている。

     

    戦争は起こってしまった過去のこと。

    でも今日の人々はそれを忘れないようにしないといけない。

     

     

    これについて自分の意見を述べよ、これが問題。

     

     

    オレは世界で唯一の原爆の被害者である日本国の出身者や。

     

    なので、原爆に関する今日の行事や特攻隊、ひめゆりの塔などなど、太平洋戦争に関するものを取り上げて解答用紙2枚分のフランス語を書いた。

     

     

    これには自信があるぞー

     

    解答用紙をセリーヌに出した時、彼女はその場で2枚ともさっと読んでしまった。

    すなわち、それはオレのフランス語が滞りなくセリーヌに通じたということではないか?

     

     

     

     

    そんな試験の結果が今日渡される予定。

     

    ただ、オレはやることがまだまだたくさんあるから、本日は結果だけ聞いてもう学校をあとにするつもりです。

     

     

    ところが、セリーヌ曰く「まだ採点が全部終わっていない」という。

     

    何で何でーいつもは翌日にさっと返してくれんのに?

     

     

     

    オレが「今日でここに来るのは最後なんです」と事情を説明すると「じゃあ、オードに聞いてみて」と言われた。

     

    どうやらオレの成績表はオードが持ってるらしい。

    てなわけで、早速授業中のオードの元へ聞きに行った。

     

     

    そのときは合計点数がまだ出てなかったけど、結果としてはまぁまぁやったかな。

     

     

    【読解】5

    【聞取】7

    【筆記】7

     

    自分としてはあまり納得行かない点数やねんけど、オードは「C’est bien quand même」ってゆーて褒めてくれた。

     

     

    合計点数は出てなくても、この分なら十分次のレベルに上がれるとのこと。

     

    なので、めでたく帰国前に「B2の修了証書」をもらうことができた

     

     

     

    B2が終わったから、次はC1になる。

    目標であった最高レベルに、ついに到達やな

     

    でも、オレは今月でこの学校を後にし、来月には日本に帰国するんよなー(苦笑)

     

     

    あと一歩というところで帰るってのは非常に残念やけど、これはこれでキリがいいし、Cレベルは日本に帰ってからの課題ということで勉強を続けよう。

     

     

     

    学校を出る前に、セリーヌとクラスのみんなにもう一度お別れを言いに行く。

     

     

    みんな「あぁ、今月はyutakaが出て行くんかー」みたいな感じで、名残を惜しんで……はくれなかった(笑)

     

    なんか「じゃあ、またなー」みたいな軽いノリ!!

    いやいや、オレ、今日でこの学校最後やねんけど!!

     

     

     

    まぁこんな移り変わりの激しい語学学校じゃ、誰かが出て行くことなんて珍しくないよな。

     

    今のクラスで、8月からのメンバーゆーたらオルガだけやもんな。

     

     

    思えばこのクラスもだいぶメンツが変わった。

    ここまで来るのも短いようで長かったなーいろいろ苦心を重ねてきたから(苦笑)

     

     

     

    セリーヌが「Bonne continuation alors」(頑張って続けてね)と、先生らしい言葉をかけてくる。

     

    もちろん続けるで!!

    もはやフランスあってのオレやしな!!

     

     

     

    アリアンス・フランセーズ・リヨンさん、今まで大変お世話になりました。

    これからも日本で勉強を続け、ひとまずDALF B2のディプロムが取れるように頑張ります。

     

     

    みんな、本当に本当にありがとうな

     

    日本に来た時は、いつでもオレの家に寄ってくれよな

     

     

    Au revoir, Alliance Française Lyon !!

     

     

    【2007年1月29日(月)】 ■Putain de merde, connard, crève !!■

     

    Putain de merde !!

     

    Merde merde merde merde meeeeeeeeeeeeerde !!!!!!!!!!!!!!

     

     

     

    ハァハァ、ごめんなさい、冒頭からまたしても汚い言葉を使ってしまって(爆)

     

    でも、今日は本当にこういうしかないのです。

    本当に本当に怒りの矛先を向ける先がないのです。

     

     

    では、yutakaくんが何でお怒りか、読者のみなさんならよくおわかりでしょう?

     

     

     

    『滞在許可証』!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

     

     

     

    去年といい、今年といい、もはや「滞在許可証」という名前を聞くだけで怒りのボルテージが頂点に達するくらい、ホンマにこれには良い思い出がない。

     

     

    えっと、ホンマはyutakaくんってお子さんは、普段滅多に怒らない少年なのですよ。

     

    そんなyutakaくんでも怒るくらいの「滞在許可証」問題。

    果たして、今回は一体何があったのでしょうかででんでんででん!!

     

     

     

    昨年10月に今の滞在許可証の更新を申請し、書類を完璧に揃え、11月の終わりに取りに来てくれといわれたyutakaくん。

     

    そして11月の終わりに取りに行ったところ、今度は113日くらいに取りに来てくれといわれたyutakaくん。

     

    そして115日に取りに行ったところ、今度は1月の終わりくらいに来てくれといわれたyutakaくん。

     

     

     

    もうかれこれ、34回は県庁に行ってるわけですよ。

     

    しかも毎回毎回、整理券を取って、並んで待って、それでようやく自分の番が回って来たときに先のような台詞を言われるわけですよ。

     

     

    その瞬間のオレの精神状態を想像してみてください。

     

    ホンマにキレそうになりますよ?

    ホンマに破壊活動を起こしそうになりますよ?

     

     

    もちろん「putain de merde」なんて、窓口で当たり前のように言います。

     

    てか、言わないと、もうヤバイのです、堪忍袋さんも限界が近いのです。

     

     

     

    そして今回、129日に取りに行ったところ

     

     

     

    「まだできてません」と言われたyutakaくん!!!!!!!!!!

     

     

     

    思わず隣にあった椅子を蹴りそうになったけど、そこは理性で押さえる。

     

    そして「明後日リヨンから離れて、パリに2週間行くんです」というと「じゃあ、またリヨンに取りに戻ってきてください」と言われる始末。

     

     

    Putain, そんな無駄足がくえるか!!

     

    こちとら学生の身分で、TGVの往復切符代金を出すのに、どれだけバイトせなあかんと思ってんねん!!

     

     

     

    あかん、コイツらはもう話にならへん、ろくに仕事もできひんようなヤツらや。

     

     

    みんな、ローヌの県庁のヤツらの言うことは信用したらあかんで!!

    ヘタに信用して手のひらにのせられてしまったら、痛い目に遭うのはこっちやから!!

     

     

     

    【ローヌ県庁・学生セクション】

     

    04 72 61 65 65  /  04 72 61 68 37

     

     

    滞在許可証を取りに行く前には、ここへ一度電話して、自分のものができてるかどうか確認してから行った方がいいです。

     

    オレはもう滞在許可証は諦め、レセピセだけで日本に帰ります。

    オレの二の舞を踏まないよう、みんなは賢く滞在許可証をもらってね。

     

     

     

    そのあとにアロカシオンのことに関してCAFに行ったところ、結局もらえないことが判明。

     

     

    禿げたジジイが「voilàvoilà~」とか行って、オレをさっさと追い返そうとする。

    (この voilà を言う時の声がマジでムカつく声やった)

     

     

     

    フランスもうちょっと良い仕事せーよ!!

     

     

     

    【2007年1月28日(日)】 ■Une amie américaine est venue à Lyon■

     

    数年前、JRの奈良駅で一つのちょっとした出会いがあった。

     

    いつも通り電車を待っていたときのこと。

    オレはベンチに腰掛けて、一人で本を読んでてんやん。

     

     

    そしたら不意に「あのーここに座っていいですか?」と横から声をかけられた。

     

    オレは「はい、どうぞ」といいつつ振り向いたんやけど

     

     

     

    そこにいたのは、何と外国人の女の子!!

     

     

    奈良で外国人を見かけるのは珍しいことではない。

    京都から電車一本で行けるから、京都を基点に足を伸ばす外国人観光客が多いねん。

     

    ただ日本語を話す外国人はカナリ珍しいので、オレはその子と少し話してみることにした。

     

     

    彼女はアメリカ人で、名前は【Lee】という。

     

    日本には大体1年近く住んでて、休暇を利用して関西圏の観光に来たらしい。

    しかもフランス語を勉強してて、母国語を合わせると合計3ヶ国語が話せるツワモノ。

     

     

     

    すぐに意気投合したオレらは、メールアドレスを交換

     

    以来、3年近く3ヶ国語を使ってメールのやりとりを続けてきました。

     

     

     

    そんなLeeが今日、何とこのフランスに、オレの住むリヨンに来てくれてん!!!!!!!

     

     

     

    どうよ、この信じられへんような話!!

     

    出会って以来ずっとメールしかしてなくて、会うのは実質2回目やから、もはや相手の顔すら覚えてないってゆーくらいやのに(苦笑)

     

     

    でも「フランスに旅行する計画を立ててるから、もしできたらyutakaの留学してるリヨンに行ってみたい」って言ってくれて、ホンマに昨日リヨンに来てくれてん!!

     

     

     

    昨日の夜に電話をもらい、今日の朝11時にベルクールで会う約束をした。

     

    そして今朝、待ち合わせ時間に間に合うようその場所に向かったんよな。

     

     

     

    そしたら、そこにその子は……いた!!

     

     

     

    りぃ「あーyutakaくん……ですか?」

     

     

     

    おぉ、オレですよ、オレ!!

    てか、アンタ、相変わらず日本語上手いな!?

     

     

    顔をすっかり忘れてたので、初対面みたいな形になる。

     

    それでもすぐに打ち解け、さっそくリヨン探検に繰り出すことに

     

     

     

    今日のオレのリヨン・ガイドメニューは以下の通り。

     

     

    ソーヌのマルシェフルヴィエール聖堂サンジャン大聖堂ミニチュア博物館旧市街 → Musée des Beaux Arts(日本語で何てゆーんか知らない

     

     

     

    王道をキチンと押さえた、完璧とも言えるこのメニュー

    これでリヨンの良いところは、ぼちぼち押さえられると思います

     

    あ、でもミニチュア博物館は、単にオレが行きたいだけやねんけどな(笑)

     

     

     

    「どこに行きたい?」とか聞いてもリヨンに何があるかわからんやろうから、こないだ観光案内所でもらってきた地図を渡す。

     

    そしてオレの計画をカンタンに説明し、いざリヨン探検へ!!

     

     

     

     

    この子とは、前回もそうやったけど、日本語、英語、フランス語の3ヶ国語で話すことができる。

     

     

    別に「そこまでせんでも、フランス語がありゃ十分やろ?」って思うねんけど、あいにくお互いそれなりにこれらの言語に理解があるので、何か3ヶ国語やねん。

     

    それゆえ話し始めるとめちゃくちゃになることも多く、Lee一人で「The people しゃべる français」みたいに、一人3ヶ国語をしてたりもする(爆)

     

     

    オレは英語なんて全くと言っていいほど話せへんけど、フランス語の下地があるから、かろうじて形になってるって感じかな。

     

    一定時間、英語で話し続ければ、英語の頭に切り替えることはできるけどね。

     

     

     

    フルヴィエール聖堂を見た後、サン=ジャン大聖堂へ移動。

     

    カフェで一息ついた後、今度はミニチュア博物館へ。

     

    ケバブ屋で一息ついた後、旧市街を通って、今度はMusée des Beaux-Artsへ。

     

     

     

    リヨンは小さい街やから、パリとかと違って見るもの、有名なものはそんなにない。

     

    今までいろんな人を案内してきたけど、いざ案内するってゆーても大したものがないので、友達とは結局カフェでまったりする時間が多くなってもうたりするねん。

     

     

    Leeともそんな感じで、Musée des Beaux-Artsに行った後は、テロー広場にあるカフェで3ヶ国語会話に華を咲かせた(笑)

     

     

     

    一日この子とおったオレの頭は、すっかり英語に対応したものへと切り替わっていた。

     

     

     

    今までありとあらゆる人から尋ねられた「何でフランス語を勉強してるの?」って質問。

     

    Leeからももちろん聞かれ、いつもは日本語かフランス語で答えてるところを、今回は初めて英語でその理由を話してみることに(爆)

     

     

    文法的にはたくさん間違ってるやろうし、単純な言い回ししかできていないのはわかる。

    それでも何とか彼女にその理由をわかってもらおうと、とにかく英語で頑張りましたよ。

     

     

    そしたら意外にも「WowI understand everything !!」ってゆーて、オレの拙い英語に賛辞を送ってくれた

     

    いやいや、あなたの日本語レベルに比べたら、オレの英語なんて全然大したものじゃないっすよー(笑)

     

     

     

    カフェから出た後はLeeをペラーシュの駅まで見送り、そこでお別れしてきた。

     

     

    りぃ「また今年の夏に日本に行くから!!そのときは京都で会おうね!!」

     

     

     

    オレより年上のはずやのに、どことなく子供っぽく、加えてめちゃくちゃハイテンションなこの子。

     

    あの日、奈良駅で話しかけられた子に、まさかこのフランスで、リヨンで再会するなんて思ってもみなかった。

     

     

    でも、人と人との繋がりって、こーゆーのがあるから面白い

    オレが友達を大好きである理由のひとつがコレやねん

     

     

    今度はいつこの子と再会できるやろう~そのときが今から楽しみやわ!!

     

    2/6/2007

    【2007年1月27日(土)】 ■Vous êtes super bien !!■

     

    毎週土曜日は、いつものメンバーの集まり。

     

    リカ、ハナコ、サラ、ミユキ、アサコ、ハナエ、コーヘイこのメンツにはいつもお世話になってて、毎週土曜日は必ず何か企画してるねん。

     

     

     

    今週はリカ企画で、午後から「Piri Piri」を食べに行った

     

     

    Piri Piri』ってオレも今まで知らんかってんけど、ソースの種類の一つで、文字通り少しだけ辛い。

     

    これをタンドリーチキンに塗布し、レタス等と一緒にガレット生地で巻いたものを今日みんなで食べに行って来たとゆーわけ

     

     

     

    午後からは有志のみで大学の図書館に移動し、そこで『yutakaフランス語講座』(笑)

     

     

    今日は過去、現在、未来時制における助詞の使い分けについて。

    こういったことができるのも最後なので、今回は特に気合入れてやってきましたよ

     

    前にゆーてたように、そのうち本でも書こうかな

     

     

     

     

    そして夜は、リカの部屋でyutaka料理会を開いてきました(爆)

     

     

    正直、オレはそんなに料理ができる方ではない。

    レパートリーも少ないし、実際作るのはパスタを使った料理ばっかりや。

     

     

    ただ味に対するこだわりは、かなりあります!!

     

    オレが料理する時は、必ず自宅から自前のフライパンや調味料を持参するから(笑)

     

     

     

    さて、じゃあ今日のメニューは何かな?

     

    ゆたミートソース

    ゆたカルボナーラ

     

     

    炭水化物ばっかりサラダくらい用意してもよかったかも。

     

     

     

    ミートソースは母親直伝で、今までに何度か失敗した後に、自分のアレンジを加えて完成させたゆたミートソース

     

    先週、コーヘイが作ったミートソースを食べたときに「お互いのソースの作り方」について少し話をしたんやけど、そしたらリカが「じゃあ来週はゆたミートソース」とゆーことになったのが始まり。

     

     

    カルボナーラはオレの最高傑作で、今回は「yutakaさんの帰国までに、またゆたカルボナーラを食べたい」というリカのリクエストによるものです(笑)

     

     

     

    そんなわけで、ミートソースから作り始めました。

     

    みんなが進んで手伝ってくれるので、滞りなくあっさりとできたし

     

     

    Rさんの感想:懐かしい味がする、給食みたい。

     

    かなりオリジナルは入ってるものの、たぶん子供でも食べやすい味やと思う。

    赤ワイン入れてるけど(うちのおかんは入れない)、その分砂糖を入れてますのでね。

     

     

     

    加えて作ったカルボナーラ、こいつはすさまじかった(笑)

     

     

    何でかしらんけど、前回作ったやつよりも圧倒的に上手く仕上がってん!!

     

    みんなも同じように思ってくれてて「前よりレベルアップしてますねー」って言ってくれる、てか自分で食べても相当美味かった(笑)

     

     

     

    おそらく、卵の分量を多めにしたのが成功の秘訣やろう。

     

    リカ、オレが帰国したあともこのレシピは受け継いでくれ!!

     

     

     

     

    さてさて、縁もたけなわ。

    実はここらでちょっとしたイベントが始まります

     

     

    こないだの「魔女の宅急便」に関するブログを読んだリカが「私も魔女の宅急便見たいです!!」ってゆーてきてんやん。

     

    せやから、今夜はそのDVDを持ってきました

     

     

     

    ただ、それを見る前に、ちょっとした予想外なイベントがもう一つ。

     

     

     

    りか「みんなからyutakaさんにプレゼント~

     

    といって、オレに差し出された赤い包装紙に包まれた何か。

     

     

    えっ、マジ!?

    こんなオレにプレゼントなんてあんの!?

     

     

    早速開けてみると……中から出てきたのは、一冊のアルバム。

     

    そこには今までにみんなと企画したイベントの写真と、みんな一人一人からの手紙が入っていた!!!!!!

     

     

     

    えぇー何でみんなこんなんしてくれんの!!!???

     

    もー嬉しすぎて泣きそうやん!!!!(でも、こーゆー時にオレは泣かない人、むしろ笑う人)

     

     

     

    そして、今日はオレからもみんなにプレゼントがあるねん

     

     

    ゆた「ゆたでーす

    はな「はなえでーす

     

    略してゆたはなってやつですねー

     

     

    そう、今日のこの日のために、実は即興でデュオを組みました(笑)

    それがこないだの木曜日にハナエの家に行ったときに企画したものやねん

     

     

    ギター&メインボーカル:yutaka

    コーラス&サブボーカル:ハナエ

     

    こんな感じで、今夜は2曲ほど演りまっせー

     

     

     

    1曲目はオレの十八番である【心の旅】

     

    今までに何度も弾いてきてるから、もうコイツはバッチリや

    「何演ると思う?」って聞いたら、あっさり見破られてもうたしな(爆)

     

     

     

    ただ、肝心なのは2曲目。

     

     

    これはまだ誰にも見せたことのない、いわゆる新曲です

     

    みんなもわからないらしい。

    そりゃそうやわなぁ、予想なんてつかへんと思うわ。

     

     

    そこでオレが、パソコンにスタンバイしてる「魔女の宅急便」を指差す。

     

    するとみんなの反応は「えっ、マジで!?」的なものへと変わる(笑)

     

     

     

    そうやねん、今夜は【ルージュの伝言】をフルで演奏します!!!!!!!!!!!

     

     

    ギターソロとか入れてるから多少のアレンジは加わってるものの、木曜日に作ったばかりの熱冷めやらぬ新曲や

     

     

     

    上手くいくかどうかわからんけど、今夜はフランスに来ての初めてのライブ。

     

    よし、じゃあ行くか!!

     

     

     

    あ~だから今夜だけは~

     

     

     

    【2007年1月26日(金)】 ■Vous vous souvenez d’elle ?■

     

    アンロール。

     

    この子の名前を覚えてくれてる人が、このブログの読者の中に何人くらいいるやろう?

     

     

     

    2005年の99日に初めて出会い、以来オレのリヨン大学生活のスタートに大きく関わるフランス人の女の子。

     

    中国語を勉強してて、日本語に関しても多少ながらの理解がある子やねん。

     

     

     

    9月~12月の3ヶ月間は殆ど日本人留学生と関わらなかったオレ。

    会っても挨拶をする程度で、一緒の授業はもちろん、遊びに行くことも一切なかった。

     

     

    その分、オレはいつもこの子と一緒にいた。

     

    一緒に図書館で勉強したり、一緒に学食でゴハン食べたり、一緒にスポーツの授業に参加したり、大学にいるときはとにかくこの子といることが多かった。

     

     

     

    この子のおかげでオレのフランス語は伸びたし、リヨン大学にもすぐに馴染めて、今でも本当に感謝している。

     

     

     

    ただ残念なことに、この子との間には次第に距離が出来ていった。

     

     

    その理由は「この子とのコミュニケーションの問題」

     

     

     

    フランス語が伸びたとはいえ、会話に関してはオレの能力はまだまだ低かった。

     

    相手の言うことはわかるようになってきても、自分の意思を伝えることは思うようにできひんかったんよな。

     

     

    その相互理解の困難さにより、アンロールの方からオレに連絡するのを避けるようになった。

     

    ただ、そのくらいからオレには日本語学科の友達が出来始め、日本人留学生とも仲良くなって、そっちのグループと一緒にいることが多くなっていった。

     

     

     

     

    そんな感じで連絡が途絶えること数ヶ月の時が過ぎた、去年の夏のある日。

     

     

     

    なんと、オレはこの子とパールデューで再会してん!!

     

    部屋の合鍵を作ろうとパールデューの鍵屋さんに行ったとき、たまたま前に並んでた女の子がアンロールやってん!!

     

     

    てか、これにはお互い相当ビックリでした、まさか鍵屋で再会するなんて(笑)

     

     

     

    そのときはお互いゆっくり話してる時間がなくてすぐに別れたけど、久しぶりにこの子と会えて本当に嬉しかったのを覚えてる。

     

     

    そして、こないだ「日本に帰国します、今までありがとう」みたいなメールを送った翌日、この子からPCの方にメールが送られてきててん。

     

    加えて「帰国前にもう一度会えないかな?」って提案されたので、日にちを合わせて軽くお茶に行くことにした。

     

     

     

    それが今日、まさに今日なのです!!

     

     

    大学に行って待ち合わせをし、そこから何故かパールデューまで足を伸ばして、駅前にある一軒のカフェに入った。

     

    ここはもう幾度となく友達と来てて、オレにとってはかなり馴染み深いカフェやねん

     

     

     

    残念ながら、アンロールは日本語をほぼ完全に忘れていた。

     

    中国人友達から「中国語を勉強してるのに、日本語を勉強するなんておかしいよ」と非難を受け、それ以上勉強を続けにくくなったのだとか。

     

     

    アンロールはそれがすごく残念やったという。

    何で日本語を勉強するのがおかしいのか理解できなかったらしい。

     

    やっぱり中国人の精神的根底には、戦争の被害による日本人への嫌悪感が未だに根付いているんやな。

     

     

     

     

    幸い、オレのフランス語が一昨年に比べて大幅に伸びていたおかげで(笑)アンロールとはすごくカンタンにコミュニケーションがとれるようになっていた

     

     

    オレはフランス語を勉強しようと思って勉強してはいない。

    フランス語が好きやから、勉強しなくても勝手に身についていってる感が強いねん。

     

     

    せやから一度聞いたフレーズや、一度辞書で見た単語や構文などがすぐに頭に入ってくる。

     

    「好きこそ物の上手なれ」を、身をもって実証している感じですな(笑)

     

     

     

    フランス語会話が本当に楽しい

     

    フランス語で話すことが本当に好きやねん

     

     

     

    アンロールは今のオレのフランス語力に相当驚いていた。

    あまりに何度も褒められるので、正直恥ずかしかったくらいや。

     

    かつての「全然出来なかった頃のオレ」を知っているだけあり、あの頃と比べた今のオレの成長ぶりを一番感じ取ってくれるのは、この子以外にはおらへんやろうな。

     

     

    あれからもう一年半かぁ~時間の流れってゆーのは本当に早いな。

     

     

     

    アンロールはフランスで出来た親友の一人であり、数少ないフランス人女性友達の一人でもある。

     

     

    日本に帰ってからも、この子とは連絡を取っていきたい。

     

    そして、またいつかどこかで、もう一度再会できるといいな。