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★フランス ・ リヨン留学日記★C’est Yutaka ! J' étudie maintenant à l’université Jean Moulin Lyon Ⅲ♪ 2/21/2007 【2007年2月14日(水)】 ■Tadaima !!■
本日13時50分。
Yutakaは無事に関西国際空港へ到着しました。
到着ゲートから税関の方へ行くために空港内を移動するモノレールに乗ったとき、とある一人のおじさんに声をかけられた。
パンクな格好したオレが「ギターとくまのぬいぐるみ」という組み合わせの荷物を持ってるのを不思議に思ったんかな?(笑)
おじ「どこに行って来られたんですか?」
おれ「えぇ、ちょっとフランスまで…」
うわぁー何か気持ち悪いねんけど(爆)
フランスでは絶対に、こんな風に自然と話しかけられることないもんな。 大抵の場合「あのー日本人の方ですか?」から始まるのが普通やもんな。
そして、留学で一年半ほど行ってたことを告げると、近くにいた若いお兄さん&お姉さんカップル(エジプト旅行帰り)にも話しかけられた。
お姉「フランス~いいですねぇ、私も行ってみたいです♪」
お兄「もう日本は“そば”でも“うどん”でも、何でもありますよ♪」
ホンマですねぇ、そーゆーものは久しく口にしていませんしねぇ♪(笑)
そのまま税関を通り(滞在許可証持ってなかったけど、普通に通れた)、荷物の検査を受け(うっかり“Bonjour”ってゆーてもうた)、出口のあるゲートへ。
荷物も無事に確保し、これでオレの身は晴れて日本への再入国を認められたわけや♪
そして、カートに乗せた荷物を持って出口のゲートを通過した瞬間……
こっちに向かって全速力でダッシュしてくる一人の女の人が。
ちえ「ゆたかー!!!!おかえりおかえりぃぃー!!!!」
おぉーチエコさんやん!!前髪切ってるやん!!
わはは、てかホンマに空港まで迎えに来てくれたんやなぁ♪ 絶対泣くと思ってたのに、意外と泣かへんかったのには驚きやわ(それでも、やや涙目)
続いて、遠くの方からこちらに向かって手を振りながら歩いてくる一人の男の人。
おぉーおとんやん!!
あれ、そのケータイ、機種変したん?してへんやんな? 何かちょっとみーひんかったら、いろんなものが変わったかのように見えるよな(笑)
「ただいま♪」といって握手して、ちえこさんを紹介、そのまま一緒に見送りに来てくれているというばーちゃんのところへ。
ばーちゃんも自分のことのように、オレの帰国を喜んでくれた♪
「何か飲んでく?腹へってないか?」というおとんの申し出をありがたく断り、すぐに家に帰ることを申し出た。
今はとにかく自分の家に帰りたいからね♪ 今から帰っても、京都の実家に着くのは17時くらいやしね♪
「あのー本当にお邪魔してよろしいんですか?」という遠慮気味なチエコさん。
それに対して、うちのおとんは「どうぞどうぞ、何もお構いできませんけど♪」と、好意的に受け入れてくれた(よし、ナイス、おとん!!)
そこからは空港内の駐車場に停めてある我が家の車へ。
オレとちえこさんの荷物も何とかトランクに入り、そこから我が家に向かって車は出発した。
あいにく、今日は嵐のような大雨。 空港へ渡る橋も通行規制がかかっているらしい。
おとんに頼んでfm-Osakaをかけてもらい、それを聞きながらのんびりとしばらくのドライブ。
そういや今日はバレンタインの日。 ラジオではバレンタイン・ネタばかりが出てきている。
そして、流れてくる音楽は、どれもオレの知らないものばかりやった。
自分の母国に帰ってきたはずやのに、何か“別の外国”に来たような気分や。
今のオレは時代の流れについていけてない。 「地デジ」ってゆー単語の意味がわからんかった。
それでもなお、堺、高井戸、藤井寺、生駒、富雄などと、自分の馴染みある地名が標識に出てくると、次第に日本に帰ってきた実感が湧いて来る。
車中では、前もって持ってきてくれと頼んでおいた「みたらし団子」と「コンビニのおにぎり」を食べた。
そう、もうずーっと長い間これを食べたかってん!! もうあまりの美味さ、懐かしさにマジで感動を覚えるわ…(泣)
そして、17時ちょい過ぎ。
一行は京都にある我が家に到着した。
あぁーここや、ここがオレの家や!!
玄関を一歩入った瞬間、何ともいえない気分になった。 自分の家のはずやのに、何だかそんな感じがしない、微妙な感じや。
早速チエコさんを、お客さん用の部屋へ案内する。
そして、そこでオレが見た衝撃的なものとは…アイツ、アイツやねん!!
オレの相棒のベース『Ibanez・SR755TKF』やねん!!
とりあえず家の中に荷物を全部運び込むやいなや、チューナーとシールド・ケーブルだけ持って、とりあえずアンプの前へ。
チューニングして、その懐かしい感触を確かめ、再会の感動を音にして奏でる。
あぁーもう最高の瞬間やし!! ヤバい、この瞬間、クセになりそうなヤバさやな!!
それから続々と帰ってくる我が家のメンバーたち。
でも、みんなオレよりもチエコさんの方に注目していた。
母親「あぁーちえこさん、いらっしゃい♪」
おと「あぁ、どうも…」
いも「おぉ!!いや~こんにちは~♪」
三者三色、バラバラの形で挨拶する我が家の人々。 どうやらチエコさんは我が家に受け入れられてるようですよ♪
まぁその辺は全く心配してなかったけどね(笑)
てか、オレはホンマにホンマに日本に帰ってきたんやなぁ…
フランス生活はぼちぼち長かったですが、ホンマにフランスへ行ってよかったと思いますし、あそこで過ごした期間はすごく実りのある時間だったように感じます。
何もないゼロの状態から築き上げたフランスでの人間関係。 これらの人々に支えられて、今回の僕の留学は成り立ってたと思います。
一人一人の名前を挙げることはできませんが、この場を借りて厚くお礼申し上げます。
そして、得られた情報や、手に入れた貴重な資料の数々は、今後の日本での学生生活の中で、少しずつ読み解いていくつもりです。
今回、僕の帰国と同時に、この「★フランス・リヨン留学日記★」も最終回を迎えます。
2005年の8月29日から、yutakaの日常が約一年半分詰まったこのブログ。
何度もやめようと思いましたが、一日も欠かすことなく今日まで続けてこれたのは、ひとえに読者のみなさんの応援があったからこそです。
Yutakaの帰国と同時に留学は終わるわけですが……実は、まだ終わりではありません。
むしろここからがスタートと言っていいでしょう。 フランス語が身について、ようやくスタートラインに立てたのです。
そう、これからが『yutakaのヴァルド派研究の始まり』なのです。
数多くの研究者のようにとはいきませんが、僕も留学を通していろんなものを見て、経験し、会得してきました。
なので、ヴァルド派を研究する学生として、これからも勉強は続けていきたいと思います。
読者のみなさん、本当に今までありがとうございました。
またいつか、どこかで会う機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いしますね♪
Merci beaucoup pour tout et au revoir la tous !!
2007年2月14日 有田豊
<★フランス・リヨン留学日記★ 完>
【2007年2月13日(火)】 ■Au voir France !!■
今日はいよいよ日本に帰国する日。
現在、この日記はドーハの空港で書いています(飛行機の乗り継ぎで、4時間待ち中やのん)
いやー日本に帰るとか、かれこれ一年半ぶりですよ!! 全然帰る実感がわかなくて、CDG空港に行くまではかなりいつもと同じ調子やったし(笑)
昨日の夜は“フランス最後の晩餐”ということで、ロシェックスさんがわざわざ「何が食べたい?」って聞いてきてくれた♪
オレがリクエストしたのは「キッシュ・ロレーヌ」 ロシェックスさんが作ってくれる料理の中で、これが一番好きやのん。
「そんなカンタンなのでいいんですか?」って言われたけど、オレはそのカンタンな料理が食べたいんですよ♪
しかも、久しぶりに帰ってきたパパが、オレの出発記念(?)に「ミルフォイユ」を買ってきてくれはってんやん!!
しかも、お子さんら3人組が、それぞれオレ宛てに「メッセージ入りの絵」を描いてくれよってん!!
ポールは「オレの似顔絵」 アンテルムは「くさり」 ガブリエルは「虐殺される人々(血だらけ)」
いやーみんなそれぞれにやたらハイセンスですな(笑)
おおきに、ありがとう!! この絵は大事に大事に日本に持って帰るよ!!
今朝は8時に家を出て、一人でCDG空港に向かった。
スーツケース(大)、スーツケース(小)、エレキギター、リュックと、今回も4品の荷物を一人で抱えてます(汗)
そして今回、オレは帰国に際して大きな問題を抱えている。
それは「ギターを持って帰れるのか?」ということ。
こないだ旅行会社に聞いたときは「ダメです」とのことやった。
どうしても持ち帰りたいなら『預け荷物』として20kgに収まるようにし、別にハードケースを用意しないといけないらしい。
そして、自分で航空会社に直接聞いたときは「場合によります」とのこと。
飛行機に乗る人数や、預け荷物の多さ、窓口にいる人の機嫌など、さまざまな要因が組み合わさって持って帰れるかどうかわかるらしい。
どうよ、この曖昧な返事!!
統一されてへんからどっちの言うことを聞いたらいいのかわからんし、場合によるんなら空港に持っていって「NO」と言われる可能性もあるってことやろ?
その場合は泣く泣くギターを捨てなあかんのか……いや、それだけは絶対に嫌だぜ!!
ところが、これをロシェックスさんに相談したら「もしダメなら電話して。そしたら私が空港まで引き取りに行ってあげるよ」と、何ともありがたい申し出が!!
うわー最後の最後まで何て良い人なんやろう!! さすがフランスにおけるオレのお母さんだけあるな!!(笑)
そんなこんなで、受付カウンターへ。
パスポートと搭乗券を渡し、チェックインする。
スーツケース(大)は21kgで、ぎりぎりオッケー♪ 結構重かったから心配やってんけど、何とか大丈夫でよかった♪
ただ、手荷物の方に大きな問題が。
受付の人いわく「手荷物は最低でも、最高でも1個だけ(7kgまで)」らしいねん。
オレはまだスーツケース(小)、ギター、リュックを持っている。
こんなん確実に容量オーバーやん!! どう考えても7kg以上はあるしやな!!
スーツケース(小)の重さを量ったら、何と13kg!!
ギターの重さを量ったら、何と6kg!!
リュックの重さを量ったら、何と1kg!!(ぬいぐるみしか入ってなかったから)
係員「C’est trop lourd, monsieur」(これは重過ぎますね)
えぇーじゃあどうしよう? 捨てなあかんのかなーもしくは超過料金を払うとか?(ちなみに料金は350ユーロ)
どうしたらいいかわからずにあわあわしてると、係員のお兄さんが一つの提案を。
何と「スーツケース(小)の中身7kg分をリュックに移し、それを手荷物として持って入って、5kg分を預ける」というならOKやというのだ!!
えっ、合計20キロ以上やのに、2個も荷物預けていいん!?
て、てきとーやなぁ…まぁこっちは助かるけど(苦笑)
てなわけで、早速移しかえましたよ♪ 本をドカドカとリュックに移し、小さい方のスーツケースを預けることに♪
ところが、ここで新たな敵が出現!!
他の係員のお姉さんが「重さはよくても、2品は持って入れません」というのだ!!
えぇーでもギター持って入らなどないすんねんな!?
さすがにこれは預けられないレベルです。 楽器を預けるとか、マジでありえへんから。
そんなこんなで交渉していると、責任者らしきオジさんがカウンターに参上。
おばちゃんがオレの荷物に関して、その人に報告。 続いてそのオジさんはオレの荷物を手で持ったりして検査を始めた。
そして最終的に、オジさんは「持って入ってもいいよ」との許可をくれた!!
うわーすごいな、合計40kgもある荷物を一人で持って帰れるで!!
おじさん、ありがとう!! フランス留学最後の良い記念になったわ!!(笑)
そんなこんなあって、何とか無事にチェックインを済ますことができた♪
すぐにロシェックスさんに電話すると「やはり善人は報われますね、あはは♪帰りも気をつけてね♪」と、フランス最後の電話でもオレのことを気遣ってくれた。
税関を通り、金属検査を受け、そして、いよいよ搭乗ゲートへ。
あぁ、ついにオレは日本に帰るんやなぁ…オレの生まれた祖国へ帰るんや。
いろいろあったけど、このフランスに来れて本当によかった。 そして、いつかまた必ずこの国には戻って来たいと思ってる。
飛行機の出発は11時。
何の問題も遅れもなく、オレを乗せた飛行機は午前11時に無事CDG空港を飛び立った。
窓から外の世界を見下ろすオレ。 高度が上がるにつれて、少しずつ離れていくフランスの地。
もうこの瞬間には戻りたくても戻れない。
そんな気持ちとは裏腹に、飛行機はとどまることなく上昇していく。
高く、どこまでも高く…
またいつか絶対に戻ってくるから!!
フランス……ありがとう、そして、さようなら!!
【2007年2月12日(月)】 ■Le dernier voyage de Yutaka…■
明日は日本に帰るとゆーのに、まだ旅行に行くというこの余裕ぶり。
まぁ、旅行ゆーても大した距離じゃないけどな。 電車で1時間半ほど行ったところにある、小さな街に行くねん。
そう、それは…
Chartres(シャルトル)!!
多分フランスに来ている人なら、この街の名前くらいは耳にしたことあるやろう。
ホンマに小さな街で、特に目立つものは何もない。 そう、オレが目指している“あの建築物”以外には。
この街の名物といえば何やろう?
最近、オレがまたよく話題に出してるものの一つやねんけど♪
実はこの街には……『Cathédrale Notre-Dame Chartres』(シャルトル大聖堂)という、ゴチック建築があるねん!!
ここの大聖堂はちょっと変わっててなー、かなり大きな特徴を持ってるねん。
では、その【シャルトル大聖堂】について。
この大聖堂の正称はノートル・ダム。
94年に猛火がシャルトルの町を襲ったとき、この大聖堂は民衆の情熱に支えられて再建され、わずか26年後の1220年にほとんどが完成してん。
建築、彫刻、ステンド・グラスなどのほとんどが12~13世紀の面影をそのまま伝える貴重なゴシック建築で、彫刻家ロダンは〈フランスのアクロポリス〉と絶賛したらしい。
876年にカール禿頭王が、このシャルトル大聖堂に〈聖母マリアの御衣〉(聖母マリアが身に着けていたもの、つまり聖遺物)を寄進して以来、シャルトルは聖母マリア信仰の中心地となり、広く西欧全体に知られるようになって、多くの巡礼を集めてんて。
そして、注目すべきは正面部にある2つの尖塔!!
正面右の尖塔はロマネスク様式、正面左の尖塔はゴチック様式という、一つの建物に二つの建築様式が取り入れられてる、比較的珍しいパターンやねん。
その非対称の双塔が見られる西正面は、1134年の火災ののちに再建された12世紀の部分を残してるねん。
また、ここはステンドグラスの色がヤバいよ!?
〈シャルトルの青〉との呼び名を生んだ西正面の三連窓のステンド・グラス!!
それ以外にも、内陣や側壁なんかに設置されてるステンドグラスは、どれも青を基調としててマジでキレイやし!!
これらのステンド・グラスは、12世紀のものを除き、三つのばら窓をはじめ大部分が1210~40年の短い期間に完成されたために、均一な質を見せている。
うーん〈ブールジュの赤〉と並ぶ勢いですな、これは♪
身廊はアーケード、トリフォリウム、高窓の3層構成で、天井はリブ・ボールトに統一されてて、堂内は盛期ゴシック建築の到来を告げている。
その割にはめちゃくちゃ暗くて、アミアンやパリなんかとは比べ物にならへんくらい暗かった(汗)
身廊の床には直径12mの迷宮(ラビュリントス)が彫られている。
でも、これは一説には「聖地エルサレムに至る苦難の道を表す」ともいわれてるねんて。 (そーいやこれ、きゃりえ教授の授業で習ったわ)
はい、シャルトル大聖堂は、こんな感じの建築です♪
まぁ内部の構成もいいんやけど、オレはやっぱり外部正面の“非対称の尖塔”が特徴的やと思う。
街中を散歩してみて思ってんけど、この大聖堂は街のほぼどこからでも見えるようになってる。
そして、その尖塔はめちゃくちゃ目立つんよな。
“尖塔”って、フランスよりはドイツって感じがするんよな。 ドイツの【ケルン大聖堂】に行ったことがあるという友達も、そんな風にゆーてたし。
オレもゴチック建築を勉強したから、そのイメージはぼちぼち強い。
このシャルトル大聖堂は、そんな意味でもドイツっぽい。
特に右側、ロマネスク様式の尖塔は、ホンマに“ザ・尖塔”って感じがする(笑)
ただ、非対称ゆえ非常にバランスが悪く、見た目的には違和感を感じることうけあいやと思うねん(ちょっと気持ち悪い感がある)
朝の10時前にシャルトルに着き、街中をぶらぶら散歩して、パリに戻る電車に乗ったのは15時過ぎ。
パリにはもう17時には帰ってきてましたよ。
そして、今日はフランス最後の夜となる記念すべき日。
パリに着いてから、オレはもう一度“あの場所”へと向かった。
昔パリに留学してた頃によく通い、今でもその頻度はさして変わらない、オレがパリで最も好きな場所……このブログの読者なら、もうわかってくれていることやろう。
ではでは、みなさん今夜はこの辺で。
フランス最後の夜、いつもよりゆっくりと更けていく感じがするのは何でやろうね。
【2007年2月11日(日)】 ■Je suis fou de rage 2■
過酷な試練も3日目に突入。
まずは朝、ガブリエルに叩き起こされるところから始まる。
がぶ「おにぃちゃん、おなかすいたー」
てか、おまえ、まだ朝の7時やん!! オレは昨日の今日でまだ疲れてるねん、もうちょい寝かせて!!
そういって無視すると、ガブリエルはどこかに行ってしまった。
しばらくして、今度はポールに起こされる。
ぼー「お兄さん、朝ごはん食べるー?」
おれ「んー先に食べといて…もうちょいしたら起きるから…」
ぽー「じゃあ、僕はお兄さん待ちまーす」
わ、わざわざ待つんかい!? そんなんされるならオレも起きなしゃーないな…とほほ(泣)
その時点で、朝の8時。
兄貴のポールはガブリエルの朝食をキチンと準備してやったらしい。 台所のテーブルの上には、食べかけのシリアルの入ったボウルが置かれていた。
ポールとオレはコーヒーを飲みつつ、パンを食べ、朝ごはんを軽く済ませる。
食後、オレは台所の掃除と食器洗い、片付けに。 食後、お子さん2人はまたまたパソコンに。
それらが全部済んで少し一息ついたのち、午前中に彼らの勉強を見ることにした。
おれ「ポール、学校の宿題はもう全部終わったん?」
ぽー「うん、金曜日にやったよー」
おれ「ガブリエルは?」
がぶ「おわったー」
てなわけで、ポールとガブリエルのフランス語の宿題が終わってることは確認できた。 これは金曜日に一斉にやらせたときに確認したから、おそらく間違いはないやろうな。
てなわけで、コイツらの日本語の勉強を見ることに。
まずポールに「漢字のプリント」を仕上げてもらう。
それをやってもらってる間に、ガブリエルの「ひらがなの練習」を見る。
ところが、ガブリエルはこちらが間違いを指摘しても、それを訂正しようとしない。
むしろ「こう書くの!!」とムキになり、論理的な会話は功を奏さず、結局そのまま半泣きで部屋を出て行き、ボイコットされてしまった。
仕方ないので、ポールの漢字、ごんぎつねの音読なんかを進めることに。
同時並行で、お昼ごはんも作る。 ポールがリクエストしたチョリソーパスタである。
ところが、野菜が嫌いな二人のお子さんは、付けあわせで用意した野菜をほとんど残しやがった。
てか、残すだけならまだしも、それに追い討ちをかけるかのように「お腹すいた」って言うのはやめろ!!
食後は、近所のルーヴル美術館へ。
ガブリエルを連れて行こうとしたら、こいつはポールと一緒にチュイルリーの噴水で船で遊ぶと言い出した。
なので、オレ一人でルーヴルに入り、帰る際に2人を迎えに行くことにした。
2人と別れ、一人でルーヴルの中に入ったオレは、8,50ユーロという高い値段に閉口しつつも、とりあえずドゥノン翼から回り始める。
3年前に来たときとだいぶ様相が変わってて、少しビックリ。
『ミロのヴィーナス』がだいぶ移動されとる。 前は廊下に展示してあったのに、今は個室に移されとるし。
日本人の団体客がいて、その中のおばさんの一人が「ミロのヴィーナスはな、前からやったら本とかでも普通に見れますやろ?だから、後ろから見るのがレアなんですわー」などと、変な注釈をたれていた。
有名な『ジョコンド婦人』も、だいぶ様変わりしてる。
もう完全にVIP扱いで、あの小さな絵一つに壮大な高さの天井がある部屋が用意され、その真ん中にどーんと防弾ガラス越しに展示されとる。
んんーでもここは美術品の数多すぎるな。
とても全部は見てられないので、走りぬける感じでさーっと見ていく。
一時間ほど経って、上にいるお子さんらの様子を見に一度美術館を出た。
チュイルリーの噴水のところで彼らは遊んでいた。 ただ、ガブリエルの様子が何やらおかしい…どうしたんや?
ぽー「ガブはね、寒いから家に帰りたいんだよ」
えっ、もう!? さっき来たばかりで、外で遊ぶゆーたんもお前やん!!
それでもなお、泣きながら「かえりたいの!!」とごねる少年。
オレは世界最大の美術館をまだ一時間しか見ていない。 ポールはポールでもっと船で遊んでいたいようや。
仕方がないので、オレが連れて帰ることにした。
オレに船のおもちゃを持たせようとするが、そこは断固として拒否する。
家に帰ってくるなり、ガブリエルは「コンピューターしていい?」と聞いてくる。
あかん、もうコンピューターはするな!! 昨日からお前はそればっかり、何かもっと生産的な遊びをしろ!!
小さい子を一人家に残すわけにもいかず、ルーヴルに戻りたくても戻れなくなったオレは相当不機嫌で、結局そのままソファーで寝てしまった。
起きたらもう19時。
ロシェックスさん夫妻もすでに帰宅されていた。
そして、起きるなりパパから一言注意を受ける。
ぱぱ「おにいさん、Paul, il a oublié son devoir. Il faut bien vérifier」 (おにいさん、ポールは宿題を忘れてたみたいだ、よく確認しないといけない)
はぁ!?ちょっと待てい、ポール!!
おまえ、オレには宿題全部やったってゆーたやん!!
せやのに忘れてたとは何や!! 何でオレがこれで注意受けなあかんねん!!
あぁ、もうやってられへん……誰もオレの味方をしてくれない。
疲れた、もう満身創痍の勢いで疲れた…この押し寄せる苦しみから誰かオレを助けて(泣)
<精神汚染二日目・終了>
【2007年2月10日(土)】 ■Je suis fou de rage 1■
今日からロシェックス夫妻は、遠くにお出かけ。
ゆえに、発生する恐ろしい事態…それは…
ザ・子守り!!
こんなにも恐ろしく、安寧を侵食され、体力的にも精神的にも極限状態に追い込まれる活動を、オレは他に知らない。
特に中途半端に小さい年齢だと、もう精神が崩壊しそうになるもんな。
そして、オレはこのパリで9日、10日、11日と3日間、これをしなければいけない!!!!
あかん、もう終わった…(汗) 明日の今頃は、もうすっかり滅入ってるやろう(汗)
それでもなお、オレはこの試練に耐えなければならない…ロシェックスさんと約束したんや。
今日はまず朝起きて、ちびっこ2人を小学校へ連れて行く。
帰宅した後はそのまま二度寝。 ポールが隣でパソコンで遊んでるものの、気にしない。
お昼、小学校までお迎えに。
アンテルムが今日から月曜日まで友達の家で寝泊りするらしい。 (これで少しだけ負担が軽減されるけど…コイツはまだキチンと言うこと聞くからなぁ)
預かってくれる家庭のマダムに挨拶し、アンテルムに「いい子にしてろよ」と念を押し、ガブリエルのみを連れて帰る。
昼食はピザやったけど、この2人の嫌いなタイプのピザだったらしく、結局オレ一人でほぼ2枚分のピザをたいらげるハメに。
午後からは近所のリュクサンブール公園へ。
ポールは船のおもちゃで遊ぶとかで噴水のところで、ガブリエルはアスレチックで遊ぶとかで遊具場のところで、それぞれ活動を開始。
ただ、あっさり疲れたガブリエルが「帰りたい」とごねだし、天気がいいからもうちょいいたかったけど、しぶしぶ家まで連れて帰ってくる。
帰宅した後は、そのまま三度寝。 ガブリエルが隣でパソコンで遊んでるものの、気にしない。
起きたら20時。
腹が減ったというお子さんらのために、急いで夕食を作る。
パスタ料理、サラダ、昨日のカレーの残り、と簡単なものを作った。
しかし、やつらはサラダを「食べる」とぬかしておきながら、いざ実際に作ってからは急に「お腹いっぱい」とかいう始末!!
そのまま風呂に入れようと努力するものの、兄弟ゲンカが勃発し、泣くガブリエルが手におえなくなる。
「一人で風呂に入れる」というからしばらく放置してみるものの、結局だらだらして一行に入らず、最終的に「できない」と言うので、結局オレが入れるはめに。
嫌がるガブリエルの歯を磨き、何とか床につかせる。
その後、オレがパソコンでメールを書いてると「眠れない」とだだをこねるポールがやってきて、オレのメールにいちいちコメントや質問をつけ始める。
あまりにもウザくなりすぎたため、メールを書くのは断念し、さっさと寝かせてオレも仕方なく寝ることに…
<精神汚染一日目・終了>
【2007年2月9日(金)】 ■Je vois ODAYURI à Paris■
今から考えれば、去年の9月の語学学校は出会いの連続やった気がする。
ちえこさんもそうやけど、他にもいろんな人と出会ったで。 (夏休み期間やったから、短期で語学研修に来てる人が多かってん)
その中で出会った子のうちの一人【おだゆり】
この子とは滞在期間中に、一度だけ一緒に昼ごはん食べに行ったことがある。
ケンスケに誘われて「昼メシ食いに行こうぜ!!」ってなった時に、この子も一緒にいたって設定です(ちなみに、これが初顔合わせ)
そんな、おだゆり。
実は今日、このパリで再会してん!!
ミクシィで「ヨーロッパ旅行のついでにパリに行く」ってゆーてて、オレが「オレ、今パリにおるで」ってゆーたら、何と「会おうぜ」的なメールが送られてきたんよな♪
いやー何とも偶然なことがあるもんですねぇ…半年前に一緒やった子と、このパリで再会できるなんてさ♪
そして、これを昨夜の夕食の席で話したら、何とポールが「そのお兄さんの友達に会ってみたい!!」って言い始めてん(爆)
しかも、ロシェックスさんも「いいじゃなーい、家に呼んであげたら?みんなで夕食とかね」ってゆーて、気を利かせてくれた(爆)
最終的に、おだゆりに「オレのステイ先に来る?」って聞いてみると、ホンマに「行く!!」って言い出す始末やし(爆)
まぁええわ、これも何かの縁やろう。
てなわけで、朝10時12分にサン=ミッシェルの噴水前で待ち合わせすることに。
オレは10時とちょい早めに到着。 そして、ピストルズを聞きながら待つこと12分…おだゆりは来なかった。
あれ、サン=ミッシェルの噴水ってここやんな?
おだゆりも知ってるってゆーから、ここを待ち合わせ場所にしたのに……もしかして事故でもあったんかな?
そして、2分後におだゆり参上。
おだ「ごめーん、ノートルダム前と勘違いして、あっちに行っちゃって…」
の、のーとるだむって、あそこに噴水ないやん!! おだゆりが「時間と場所、指定して」ってゆーから、こっちで指定したのに!!
でもまぁ、事故とかじゃなくてよかった♪
よし、じゃあパリを散歩するとするか!!
今日はおだゆりの観光日。
てなわけで、行き先は自動的に「おだゆりの行きたいところ」となる。 オレはそれに着いてまわり、ガイドできるところはガイドする、そんな感じや。
そして、今日の目標は「plus classe な観光」である。
住人ではなく観光客としてパリを楽しみ、なおかつフランスの精神を忘れないという、いわゆる「ハイレベルなおのぼりさん」になるとゆーわけ(笑)
たとえば、エッフェル塔を見たら「きゃーきゃー」言いながら写真を取りまくり、なおかつ「この塔は26年間一人の死者も出さずに完成したもので~」とウンチクを語る。
つまり、全身全霊でパリを満喫するとゆーわけやねん!!
お互い語学学校でフランス語を勉強してた身。
なので、フランス語会話もバッチリ(?)です!!
オレらが最初に向かったのは、モンマルトルにある『サクレ=クール聖堂』
ちなみにこれ『寺院』じゃないと思うよ、イスラムや仏教の建物じゃないから。 それに『クール』って発音も微妙やで、クールって“庭”か“授業”って意味やから。
そこには、数多くの日本人観光客(30~40人はいたかな…)が巡礼に来ていた。
そして、オレらも負けじとその中へ参戦してきたぞ(笑)
その後はエッフェル塔を見物・撮影し、歩いてマドレーヌ寺院を見に行って、BOOK OFF オペラ座支店に寄って本を売り、メトロに乗って家へ帰ってきた。
今夜から、パパ&ママが3日間ほど家を留守にする。
なので、夕方にはオレがお子さんらを小学校まで迎えに行かなあかんねん。
おだゆりも連れて小学校に行くと、そこには先に来ていたポールが。 出てきたアンテルムとガブリエルも、相変わらずオレにくっついてくる。
おだゆりがおることに少し緊張してた下の子2人やけど、何とか5人で家まで帰ってきた。
今日の夕食のメニューはカレーパスタ。
昨日の夕食に出たカレーをパスタにかけて食べるという、何とも外道な食し方をする(爆)
ゲストであるおだゆりにも手伝ってもらい、カレーとパスタを用意してもらってる間、オレは子供たちの宿題を見ていた。
もはやこーゆーのまでオレの仕事なんよな、父親になった気分やし(笑)
んで、できあがったカレー(パスタ)をみんなでいただく。
お子さんらはおだゆりと話さず、ずっとオレの方を伺ってる様子。 確か前にアリサとサヤカが家に来たときもこうやったなぁ…同じ光景かもしれへん。
オレがお誕生日席で食べてたからか、おだゆりも「何かお父さんみたいだね」とかいいよる、冗談じゃない!!
夕食を食べた後は早めに寝させることに。
これまた着替えさせたり、歯を磨いてやったり、いろいろ大変なんよなぁ…ガブリエルくんに関しては(爆)
それでも今日は、3人とも比較的早く寝てくれたので助かったけど♪
オレとおだゆりはコーヒーのみつつ、小1時間くらい台所で談笑していた。
コイツと次に会えるのもいつになるかわからんしな。 パリで会えたのも何かの縁やし、もしかしたらまた会えるかもやけどな♪
その後、近くのメトロの駅まで歩いて送っていった。
ホンマは泊まってる宿まで送っていくってゆーたんやけど「近くの駅まででいいから」って断られてもうたのでね(苦笑)
おだ「今日はありがとう、バイバーイ♪」
ありがとうって、オレは何もしてへんのにな(笑)
でも、こうしてフランスで友達と会えるって滅多にないことや。 なんせオレの滞在期間中に日本から遊びに来てくれた友達は、この子が初めてやしね♪
別にオレに会いに来てもらったわけじゃないけど、このヨーロッパ旅行期間中に「オレと会う時間」を設けてくれたのはとても嬉しい。
そういう意味では、お礼をいうのはオレの方かもしれへんね。
【2007年2月8日(木)】 ■La bibliothéque nationale française■
yutakaくんは本が好きなお子さん。
留学に際して持ってきた荷物も殆どが本。 んで、こっちでもさらに買い続けて、恐ろしい量になってしまった。
そんなyutakaくん。
パリに来てから「よし、行ってみよう」と思った場所があります。
La bibliotheque nationale française(フランス国立図書館)
何かな、数日前にポールがここに行ってきたらしいねん。 学校の社会見学みたいな感じやったらしいねんけど、もうすごかったらしいで!!
えっと、すごく大きかったらしい!!
そこで、オレも行こうと思い立ったわけなんですなー♪
本日のポールは午前中に授業が終わるらしい。
それゆえか「お兄さんと一緒に行きたい!!」と言い出した。
おまえ、ホンマに来んのか?
マンガなんて、多分置いてないと思うで?
それにオレは、もちろんヴァルド派に関連する本を見に行くつもりや。 歴史書のコーナーなんか、絶対にポールは興味ないと思うねんけどなー(汗)
それでも「一緒に行っていい?いい?」と言うポール。
なので、結局午後から一緒に行くことになったんよな。
予定通りポールを11時まで待ち、一緒に昼ゴハンを食べ、終わると同時に外へ繰り出す。
フランス国立図書館は、Gare de Lyonの近くにある。 自宅近所からRERのC線に乗れば、乗り換えなしで一本で行ける距離や。
てなわけで早速やってきました!!
フランス国立図書館!!
すさまじく巨大なビル4棟から成るこの図書館。 東、西、南、北で、それぞれ置かれている本が違うらしい。
中央入口(?)のようなものがある東館から中に入る。
オレはもちろんhistoireの本を見たい♪ なので、歴史書がおいてある”J”というコーナーに向かった。
長い長い廊下をひたすら歩き、ようやくたどり着いたはいいものの…そこでは予期せぬことが待ち構えていた。
何と、この図書館は入るのに“入場券”が必要らしい!!
しかも、その購入窓口は、たった今あるいて来たばかりの東館にあるねんて!!
Putain、そんなん知らんし!! 一人当たり3ユーロもとられるから、2人分やと結構バカにならへんな。
てなわけで、しぶしぶ東館へ戻る。
ところが、そこでもまた問題が待ち構えていたのだった…
おれ「2 ticket s.v.p」(チケット2枚下さい)
係員「Il a quel âge ?」(彼は何歳ですか?)
どうやら、ポールの年齢を聞いているらしい。 オレが答えるよりも早く、ポールが自分で11歳と答える。
そしたら……何と、16歳以下は開架コーナーに入れないというでわないか!!
えぇー何でなん何でなん!! せっかくここまで来たのに、そんなんアリか!?
ぽー「お兄さんが本を見てる間、僕はあそこで待ってるよ」
そういって彼は、図書館内になる本屋さんを指差す。
いやーそれでも別にええねんけど、何か一人にさせとくのが不安なんよな。 しかも、たぶんオレは結構長いこと本をみてるやろうから(閉館時間までとか)
てなわけで、結局あきらめました…(泣)
一人で来てたらこんなことにはならんかったけど、まぁ仕方ない。 フランス国立図書館は、次にフランスに来たときの楽しみに取っておこう。
そこからはメトロに乗ってLes Hallesに行き、とりあえずマクドでアイスを食べた。
てか、コイツなかなかちゃっかりしてて「アイス食べようよ♪」とは言い出したたものの、いざ勘定のときになったら「お兄さん、僕お金持ってないから」とか言いよるし!!
それで結局、オレが払わされました…まぁいいけど(泣)
そのあとはレ・アルのfnacに行って、少し買い物をした。
日本に持って帰るための、フランス語の文法問題集が欲しかってん。
せっかくフランスに来て身に付けたもんやし、帰国してから衰えたくないもんな。 せやから、もうめちゃくちゃ難易度の高いレベルの文法問題集を買いましたよ♪
図書館は残念やったけど、ポールと散歩するのは案外楽しかった。
さすが中学生というだけあり、ガブリエルみたいに本能で行動しーひんしな(笑)
論理的なこともわかるようになってきたし、オレもコイツも長男やから似たりよったりなところもある。
それが、オレとコイツの仲良しの秘密なんかもな♪
【2007年2月7日(水)】 ■La tour Eiffel■
毎週水曜日は公立の小学校が一日休みになる。
これはEcullyに住んでいたときもそうやった。 なので、毎週水曜日はよく「遊んで」とせがまれたものや。
今日は中学生のポールだけが学校に行く(それでも午前中だけやねんけどな)
せやから、朝の散歩がてらポールの中学校を見に行ってみることにしてん♪
朝は7時半に起床。 身支度を整え、2人で家を出る。
パリの朝は暗く、加えて雪がパラパラと降っているという難儀な天気や。
その恐ろしく寒い中、サン・ジェルマン・デ・プレにあるポールの中学校まで見送り、ぐるりと近所を回って家に帰ってきた。
まだ店とか殆ど開いてない状態やしね。
朝は銀行に行ったり、ロシェックスさんのお使いに行ったりと、お昼になるまで結構のんびり過ごした。
そして、今日の午後からは子供たちの『日本語学校』に行くことになってる。
トロカデロにあるというこの学校。 エッフェル塔からも近いし、結構いいとこに立ってるやん。
お昼ゴハンを食べ終えた一行は、早速車に乗り込み、いざ学校めがけて出発!!
セーヌ川沿いを西へ西へと突き進む。 パリはセーヌにさえ出れば大体の地理がわかるから便利よな♪
そうこうしてる内にエッフェル塔が見えてきた。 そのまま足元まで来て、目の前にある橋を渡り、さらに西へ。
うわ~エッフェル塔をこんなに間近で見るのは、去年の2月にワタル&ダイスケとシャイヨー宮で待ち合わせしたとき以来やな(笑)
もうしばらく進んだところで車を停車。
子供たちは日本語学校へ、オレとロシェックスさんはスーパーへ買い物へ。
ちゃっちゃと買い物を済ませ、子供たちのいる日本語学校へ来ると、そこには多くのパリ在住・日本人マダムがたむろしていた…
このブログの読者なら、もう既におわかりであろう。
オレはフランスに住む日本人マダムが基本的に苦手やねん(汗)
前のリヨンでの一件以来「日本人マダムはどうもお高くとまってる感」が拭いきれなくなり、自分もそんなにフランス語上手くないくせに他人(オレ)のフランス語に難癖をつけたり、いろいろと知ったような口をきいたりする、あの態度が非常に気に入らない(笑)
まぁ全員が全員そうとは限らないことは、自分の交友関係を通して十分理解している。
なぜならオレは、フランスに来て以来ずっとお世話になってる一人の素敵な日本人マダムを知ってるから(笑)
でもあいにくフランスに長く住めば住むほど、この傾向は強くなるんやろうな。 かくいうオレにも、自分で気づいてないうちにそういう節は絶対に出てると思うし。
マダムに警戒心を抱きつつ、オレはポール&ガブリエルの相手をする。 アンテルムの授業が14時半に終わり、それと交代で彼ら2人の授業が始まるのだ。
しばらくして出てきたアンテルムを確保すると、ここでロシェックスさんが「エッフェル塔まで散歩しようか?」と提案してくれた。
どうやらオレが帰国間近やからということで、気を遣ってくれたみたいや。 そうやなー帰国前にもう一度エッフェル塔をじっくり見てみてもいいかもしれへんな♪
なので、マダム、アンテルム、オレの3人で、学校からエッフェル塔の見えるシャイヨー宮まで散歩することにした。
ちょっと寒いけど、めちゃくちゃ寒いってわけでもない。
ここからエッフェル塔までは歩いて5分くらいらしいし、大丈夫やろう。
徐々にメトロ・トロカデロの駅が見えてきた。 ここまで来れば、もうエッフェル塔は目の前やな♪
そして、視界が開けたところで【La tour Eiffel】は姿を現した。
ギュスターヴ・エッフェルさんのこの作品。 近代的過ぎてオレはあまり好きじゃないけど、やっぱり今じゃパリの良いシンボルやな。
ろし「はぁ~お兄さんもこれを見るの、もう最後ですねぇ」
ホンマですねぇ、次はいつパリに来るかわかりませんからねぇ(笑) 例えパリに来たとしても、これを見にトロカデロまで来るかどうか怪しいですしねぇ(笑)
てなわけで、アンテルムと一緒に写真を撮ってもらった♪
わはは、オレも立派な“オノボリサン”やなー♪ あと半月もすれば、ここの広場は日本人観光客で溢れかえりますよー♪
「寒い、おなか空いた」とごねるアンテルムの意向を汲み、それから3人で「PAUL」にお茶しに行った。
PAULのパン・オ・ショコラは日本でも食べれるけど、それは果たしてフランスのそれと同じ味なんかなー?
15時半にポールとガブリエルを迎えに行き、そこからはまた車に乗って家に帰ってきた。
帰るときにみんなで「エッフェル塔、さよなら~」と車中から手を振りながら…(てか、ロシェックスさん、カワイイじゃないですか♪)
あ、そーそー余談があるねん♪
帰りしな、車に乗ってた時のことやねんけどさ。
何か見覚えのある、懐かしい雰囲気に、ふと突然出会ったんよな。
んんーここってどこや? 何でこんな感覚になるんやろう?
そんな考えを頭によぎらせつつ、車がある坂道にさしかかったとき…
おれ「あーーーーーー!!!!!!!!ここ、ここ!!!!!!!!!!!!!」
思わず大声を出してしまいましたよ(笑) みんなは驚かなかったけど、それでも「なになに?」という様子。
実はその坂道、オレが3年前(2002年・夏)にパリに短期留学したときに通ってた“語学学校”がある通りやったんよなー♪
もちろん、その校舎もキチンと確認。 うわーあれからもう3年も経ったんやなぁ♪
今じゃ一番下から2番目のレベルにいたあの頃とは違い、リヨンのアリアンスで一番上から2番目のレベルにまで上がることができましたよ♪
それでもまだまだオレのフランス語にはバラつきが多い。
Hétérogèneをhomogèneにするために、帰国してからも頑張って勉強しよう♪
【2007年2月6日(火)】 ■La musique punk■
パンクって何やと思う?
あ、ちなみに自転車とかのパンクじゃないで。 あくまでパンク・ロック(ミュージック)のことです。
音楽的特徴スリーコード中心のシンプルな曲調を基本とし、ミドルからやや速めのテンポの曲が多い。また、反システムや反暴力、差別の撤廃などを訴える政治的・社会的なメッセージを込めた歌詞、テクニックよりも勢いを重視した攻撃的な演奏も特徴として挙げられる。 [編集] 思想的特徴パンク・ロックの定義に関して、重要視される傾向にあるのは音楽性以上にパンク・ロックが持つ精神性である。その精神の内容は反社会性と自主性である事が多く、アナキズムとの結びつきが強い。DIY(Do It Yourself=自分達でやる)という言葉がしばしば標語として掲げられ、マネージメントに依存しないアーティストの自主性が重要視される傾向にある。代表例としてはセックス・ピストルズをマンチェスターに招聘し、自ら前座を務めたバズコックス、半自給自足の共同生活を行なっていたクラス、自らレーベル「ディスコード」を立ち上げて一切のマネージメントを自ら受け持ったイアン・マッケイ(フガジ、元マイナー・スレット)などが挙げられる。しかし、1980年代以降、反社会性やDIY精神を主題としないパンク・ロックバンドも数多く登場し、パンク・ロックが持つ思想的特徴は多様化している。これはメロディック・ハードコアや青春パンクが一部のオリジナルパンクのファンから批判される根拠のひとつとなっている。
Wikipédiaさんによると、このように定義づけられてます。
いわゆる反社会的な訴えを音楽にのせて行うという、一種の攻撃的なManifestationみたいなものですな。
さて、Yutakaくんに一度でも会ったことのある人ならおわかりでしょう。
私は、このパンク・ミュージックというものが大好きなのです♪
オレの服のスタイルは、どちらかといえばこの部類。 ヴィジュアル系と呼ばれるときもあるけど、オレはパンクなつもりやねん…(泣)
それでもなお、鋲のたくさんついた革ジャンやラーダース・ブーツ、チェーンなんかをじゃらじゃら身につけてるわけではない。
あくまで、シンプルを基調とした、大人しいパンクを歩んでいます♪
【たとえば好みのブランド】 no future, SEX POT ReVeNGe, Secret Agents, in the attic, BERNINGS-SHO…
聴く音楽の中には、もちろんパンクが含まれてますよ♪
ありとあらゆる音楽を聴いてるけど、やっぱりパンクは外せませんな♪ こと、パンクに関しては、ベースよりもギターの音の方が断然好きやしね♪
ただ、パンクは演奏する際のテクニックとしては、非常に簡単でおもしろくない。
一応ベースを演ってはいますが、あまりにも簡単なので「パンクな音楽をやってるのか?」と聞かれれば、全くそうではないんよね。
でも、あの音楽の中に込められたメッセージには非常に惹かれます。
音楽だけでなく、自分の生活や、意識なんかを完全にパンク・スタイルにし、自らの思いを歌詞に込めて表現した人たち。
1970年代のロンドンを舞台に活動した Sex Pistols なんかが代表例やんね。 彼らの音源は高校の時から聞いてるけど、全然古い感じがしないのは何でやろうね?
リヨンを去る前、アサミから餞別として『Sid & Nancy』というDVDをもらった。
これはピストルズのベーシスト“シド”と、その彼女であった“ナンシー”のお話。
虚飾かもしれない、でも描かれているのは明らかに“パンクの世界”や。 本人が出ているわけちゃうけど、彼らの生活ぶりを彷彿とさせる描写がよくなされていた。
てなわけで、パリに来てからオレは2枚のCDを買った。
・Sex Pistols 『Never Mind the Bollocks Here's the Sex Pistols』 ・The Clash 『London Calling』
両方ともパンクの中では王道であるタイトルや。
実はオレ、パンク好きとはいえ、それらの作品を持ってはいないという“なんちゃってパンク・ファン”なんよな(爆)
高校の時に聞いてたとはいえ、それらは全てMDに落としたものやったし。
せやから、今回こうしてCD原版を買ってみたとゆーわけやのん♪
フランスにおけるCDの価格帯は日本に比べて相当安い。 この2枚、新品で2,000円弱で買えたからなーシングルCDの値段やん(笑)
久々に聞くピストルズとクラッシュ。
懐かしい……彼らこそが“パンクの音”を出してる人たちなんやな♪
あぁ、何かまたもう一度ロンドンに行きたくなってきたわ(笑)
【2007年2月5日(月)】 ■Cathédrale Notre‐Dame de Paris■
一昨日は、アミアン大聖堂。
昨日は、サン=カンタン大聖堂(元)
2日連続で大聖堂を見て回ってるオレ。 なので、今日は復古的に、もう一つの大聖堂を見に行こうと思います。
パリ大聖堂(Cathédrale Notre‐Dame de Paris)
パリにある建築物の中でオレが最も好きなのが、コレ。
去年の2月21日のショックから約1年。 それでも、ここは最も好きな場所として揺るがない。
去年は殆ど説明をしなかったけど、今回の訪問で気がついたこともあるので、今日はちょい語ってみようかと思います。
ノートル・ダム・ド・パリは、パリのシテ島にある司教座教会(教会の中では最高クラス)
フランス・ゴシック建築のなかでは西正面のfaçadeが最も調和を見せていて、初期ゴシック建築の作例を走ってる。
つまり、この大聖堂はゴチック建築の基礎をよく踏まえているということやねん。
正面上部に位置する矩形の対をなす鐘楼や、その双塔の線に沿って正面を3部分に分割する扶壁の垂直線、加えて〈王のギャラリー〉の水平線とが、ばら窓を中心にめちゃくちゃキレイな均衡を保っている。
ここはホンマにいつ見ても「さすが!」と思ってしまうわ。
ヴァンサン先生の初めての授業でも、この“線”はかなり強調されてたしな(笑)
現在の建物は、5世紀、6世紀(または7世紀初頭)の建造に続く第3番目のもの。
12世紀中ごろに内陣から建造が始まり、1182年に完成。 身廊部は1180‐1200年に、西正面は1200年ごろから50年に完成された。
内部は中央身廊を中心に5廊式で、アーケード、階上廊、高窓と3層構成をとる。 (昔は4層構成やったらしいけど、その面影はない)
ただ、側廊の上にある階上廊の存在が採光の妨げになり、内部はかなり暗いねん。
高さ35mに達する天井は6分のリブ・ボールトによって支えられていて、初期ゴシック建築の特徴をとどめてる。
直径12.9mのばら窓を持つ南北翼廊は、13世紀中ごろ建築家 Jean de Chelles と Pierre de Montreau によって増築されたものや。
フランス革命の時に外壁を飾っていた彫刻が結構破壊されたらしいねんけど、西正面の〈王のギャラリー〉の28体の彫像、三つの扉口側壁に立つ彫像なんかは、19世紀の修復によるものや。
右側扉口タンパンの〈聖母子〉(1165‐70ごろ) 左側扉口タンパンの〈聖母戴冠〉(1210‐20ごろ) 中央扉口タンパンの〈最後の審判〉(1220‐30ごろ)
でもこれらは全てゴチック建築時代当時のまま残ってて、ここでアルカイックな初期ゴシック彫刻から典雅な盛期ゴシック彫刻へと向かう発展を見ることができるねん。
あぁー語りに語りましたな(笑)
細かい年代や数字は、大聖堂内で売られているちっこいパンフレットを参考にしたけど、各部の説明は大体これで十分やろう。
そうやねん、まさにこの建築は“初期ゴチックの基本中の基本、まさにお手本のような建築”なのです♪
正面、側面、上空、どこから見ても、めちゃくちゃバランスが取れてて、外観はホンマに傑作やと思う。
せやから、ついついカメラのシャッターボタンを押してしまうんよな(笑)
ただ、内部は前にもゆーたとおり、非常に観光地化されてもうてる(泣)
明るいライト、多数の掲示板と説明書き、お土産自動販売機、でかい売店……「ホンマにここは教会か?」と疑わしくなるほど商業的や。
まぁそんなんは置いといて、今日のオレの感想を述べます。
まず、廊下の構成。
外部から見ると明らかに3廊式やのに、内部は5廊式。 実は、今日ここに来るまで、オレは普通に3廊式やと思っててんやん(爆)
オレが今まで尋ねた大聖堂で最も好きな、ブールジュの“サンテティエンヌ大聖堂”も確か5廊式や。
でも、フランスの大聖堂建築中最大の横幅(42m)を誇るこれとは違い、パリのそれはめちゃくちゃ短いねんけどな(苦笑)
あと、身廊のアーケード、階上廊、高窓の3層構成について。
ゴチック建築はロマネスク建築のあとに出てきた建築方法やけど、その特徴の一つに「採光レベルの増加」というものがある。
天井全体の重みを両脇の壁で支えるロマネスク式とは違い、ゴチックはその重みを4~6本の柱で支えている。
つまり、重みが複数に分割される分、壁に対する負担が大幅に軽減され、ゴチック建築ではロマネスク建築以上に採光用の窓を大きくとることができるようになったんよな。
ただ、パリ大聖堂の内部は、ゴチック建築にも関わらず、相当暗い。
さっきもゆーた、側廊の上にある階上廊(普通、大聖堂にこんなんあらへんで!?)が採光の邪魔をしてるってのもあるけど、ここまで暗いのはなぜか?
そもそも窓が小さすぎるねん。
オレがよく通ってたリヨンのサン=ジャン大聖堂では、一つのアーケードにつき3つの大きな高窓が採光用に設けられている。
でもパリ大聖堂は、一つのアーケードにつき何と2つの窓しかなく、しかもその一つ一つすら相当小さいものや。
そりゃあ、観光地化するには、これだけたくさんのライトを設けないといけないわけですよ。
35mの天井やと、今まで多数の大聖堂を見てきたオレ(特に一昨日、フランス最大の高さを持つ大聖堂を見たから)にとっては、かなり小さく感じられる。
クレマンが「パリ大聖堂は小さい」と言ってたのも、十分うなづける話や。
パリ大聖堂を後にしたのは、夕方の17時くらい。
少し離れてこの大聖堂を見てみる。
夕日に照らされる中で自らもそのライトで輝き、それが紫色の夕空をバックにしている光景は、ホンマに惚れ惚れするくらいキレイなものやった。
そして、思わずまたカメラのシャッターを切る。
外観だけでゆーたら、おそらくこれがフランスで一番美しいやろうと思うから。
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